卓話


人間回復の経済学 

2005年7月13日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

東京大学大学院経済学研究科長
経済学部長 神野直彦氏

第4062回例会

 長期化した不況の下で経済が危機的状況にあるだけではなく社会も危機的状態になっています。国民の半分以上が,いま最も重要な政策課題は「安全,安心」だと考えています。世論調査によりますと,日本の社会が安全,安心ではなくなくなった理由として66.9%の人が第1位に挙げているのは,子どもたちの非行,引きこもりです。第2位は異常な犯罪です。その原因はコミュニティーの崩壊にあるといわれています。どうして私たちがこのような塗炭の苦しみを味わっているのかというと,現在は歴史の峠ともいうべき大きな歴史の転換期にさしかかっているからだということだろうと思います。

歴史の転換期には必ずローマ法王がレールム・ノヴァルム(Rerum Novarum)をお出しになります。Rerum Novarumというのは,新しきこととか革新といった意味です。亡くなられたヨハネ・パウロ2世は,1991年にレールム・ノヴァルムをお出しになっています。その時,ローマ法王は東大名誉教授の宇沢弘文先生に,レールム・ノヴァルムをどのように書いたらよいかを相談なさいました。宇沢先生は,すかさず「社会主義の弊害と資本主義の幻想」という副題を付けることを提案なさいました。

ヨハネ・パウロ2世の祖国はポーランドです。ポーランドが社会主義の非人間的な抑圧から解放された瞬間に,なんでも,競争,市場と言い始め,非常に不幸な状態に陥っていることを憂えて,宇沢先生がローマ法王になさった提案であった訳であります。

私たちは,この前, いつ歴史の峠,歴史の大転換期を越えたのかを知るには,それはローマ
法王が,いつ,レールム・ノヴァルムをお出しになっているかを見れば分かります。100年前,1891年にレオ13世がレールム・ノヴァルムをお出しになっています。1873年から世界は,Great depressionに陥り,巷には倒産が相次ぎ失業者が群れをなしました。その時,レオ13世がお出しになったレールム・ノヴァルムには「資本主義の弊害と社会主義の幻想」という副題が付られていました。

ヨハネ・パウロ2世は遺言のように,私たちにメッセージを残しています。それは「資本主義と社会主義を超えて,人間の尊厳と魂の自立を可能にする経済体制は,いかなる特質をもち如何なる方法で具体化することができるのか」という問いであります。

歴史の大転換期を越えて新しい社会経済を作ろうというときに重要なことは「希望と楽観主義を携えて歴史の峠を越えよう…これはスウェーデンでいっている言葉ですが…」ということです。明治維新以降,多くの外国人が日本を訪れました。彼らが日本の印象を語る印象記で,だれもが指摘していることは,日本人は優しい,日本人は謙譲である,日本人は心のゆとりをもっているという三つのことでした。また,よく見られる現象として共通に指摘している点は,日本の子どもたちは,どうしてこんなによく笑っているんだろうという点でした。今それらは失われています。

 昭和30年ごろの日本は,高度成長期に入る時で貧しい状況に置かれておりましたが,町には子どもたちの笑顔が溢れていました。貧しいけれど,私たちは希望と楽観主義をもっておりました。今は,当時と全く違った精神的風土に追い込まれ,悲観と絶望主義を携えて歴史の峠を渡ろうとしているわけです。

日本は1985年に最も豊かな国に躍り出ました。1人当たりの国民所得でアメリカを追い抜きます。重化学工業国として日本は優等生になります。脅えたアメリカは1985年のプラザ合意で,日本に対して円高を是正せよとの動きを示します。430兆の公共投資も要求してきます。その後は自国の基準を日本に押しつけてきます。このあたりから日本では,競争,規制緩和,民営化がいわれ始め,結局,バブルを作り上げてしまうわけです。

日本がこの時にやるべきことは産業構造を変えることでした。世界の歴史のフロントランナーに躍り出たのを機に,産業構造を工業社会から知識情報社会に変えるべきでした。それを怠った結果として,従来の産業で出た余剰金がバブルを生む結果になりました。

ところが,すべてについて成功している国があります。それは北欧諸国です。特にスウェーデンです。バブルがはじけた1993年の,日本の財政収支がマイナス1.3%の時に,スウェーデンではマイナス12.3%でした。ヨーロッパ諸国は,知識情報の基礎産業は金融業である,金融業を発展さるためには通貨を安定させねばならない,そのためには財政収支を均衡化する必要があるとの考えで統一通貨のユーロを作って1997年までに財政赤字をGDP比の3%以内に押さえ込もうという目標を立て,緊縮政策に打って出ました。

 その結果,失われた10年といわれる90年代最後の1999年,日本の財政収支はGDP比のマイナス7.8%に対してスウェーデンは1997年にマイナス1.1%にし,1998年からは黒字になりました。

失業率でみてみますと,1997年マーストリヒト条約の第3段階移行を目指して,ドイツもフランスも財政を緊縮しましたので,失業率が高くなっていきます。フランスでは97年にゼネストが起きて,この年の選挙で社会党政権が樹立し,雇用重視政策への転換を余儀なくされますが失業率は12.5%でした。ドイツでも97年に戦後最大のストライキが起きます,次の年98年の総選挙で社会民主党政権が樹立し,ここでも雇用重視政策がとられますが,失業率は11.4%でした。

日本の失業率は1997年に3.5%ですが98年には4.3%と上がります。日本のようにジェンダーバイヤスのある国は女性は仕事を探し続けなくなりますので統計上の数値が外国に比べて低くなりますが,97年には大企業や銀行の倒産の影響で失業率が急に上がっています。もうひとつ重要な点は97年から98年にかけて経済的な理由による自殺者が1万人増えて3万人の大台を突破した後,7年間も毎年3万人超の自殺者が出ていることです。

スウェーデンでは,政府は2000年までに失業率を半分にするとの公約を掲げ,それを達成して2000年には3.7%にしました。

 スウェーデンは景気の回復にも財政再建にも成功していますが,ヨーロッパは財政再建には成功するが経済の回復には失敗しています。日本はそのいずれにも失敗しています。どうしてスウェーデンが両方とも成功したのかというと,歴史の転換期に産業の構造を変えたことが決定的な理由だと思います。

 スウェーデンは97年から98年にかけて,知識集約産業を倍にしました。資本集約産業や労働集約産業も順調に伸びていますが,国全体の産業構造が大きく変わりました。スウェーデンの政府は「強い福祉をやるために強い財政を作ろう」と訴えました。そして,財政再建に伴う経費削減は弱い者の福祉を圧迫するが,富める者,強い者は税で痛みを分かちあってほしいとして,所得税の最高税率を5%アップする政策をうち出します。

 そういう財政再建をやりながら,財政の中身を大きく変えました。最も重視したのが教育です。教育こそが経済成長を可能にし雇用を確保し,社会的な正義も実現するという考えです。国民すべてに教育を行えば国民の能力が高まる,能力が高まれば生産性が上がって経済も成長していく。国際競争力も強くなるという考え方です。

2番めは環境政策の重視です。環境こそが技術革新と市場の宝庫であるとして,戦略的規制を行いました。規制を強化するとそれをクリアーするために新しい発明が現れます。それによって新しい産業を起こしていこうという発想です。 3番めには,情報教育のインフラストラクチャーを作るための教育が必要であるとして,すべての国民に情報教育を行う。4番めに,だれでも安心して子どもを産み,育て,老いていくための強い福祉政策です。出生率が急速に上昇したのはご存じのとおりです。

競争で経済を活性化しようとするためには,私たち人間が協力していく領域が機能していないと,競争の領域もうまく機能しないということを,私たちは知るべきです。

 皇太子殿下のお誕生日の前に,私はスウェーデンの中学校社会科の教科書をご紹介してお話し申しあげる機会がありました。

殿下は,その中に書かれているトロシー・ロー・ホルトの『子ども』という詩に,たいへん感動され,後の記者会見でご自身が朗読されました。子どもたちは,この詩を教材として,家族,コミニティーなどについて話し合い,思いやり,連帯感,相互理解のできる感性と能力を育てるとともに,規制や援助,福祉や経済についての理解を深めます。このような,人間としての未来をつくる教育は,我々も参考にすべきことだと思います。