卓話


ロータリアンのためのモダン漢方

2012年4月25日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

新宿海上ビル診療所
理事長兼院長 西元慶治氏

 ご紹介にあずかりました新宿海上ビル診療所の西元慶治です。私は東京医科歯科大学の老人病内科で漢方の臨床教授もやっております。また東京海上には過去20年ほどお世話になっておりましたが、5年程前からもっぱら新宿海上ビル診療所で仕事をしております。

 漢方は,狭義には「古代中国医学を基礎として日本において独自の発達をとげた伝統医療で,生薬による湯液療法を指す」と定義することができます。

 一方、江戸時代の中期から末期にかけてオランダから西洋医学が入ってまいります。この医学を蘭方と称しました。そこで,蘭方に対する概念として,伝統的に我々がやっている医学を漢方というようになったわけです。

 漢方は狭義には「生薬による湯液療法」ですが、広義には、鍼治療、お灸、按摩、食養生を含んだ体系になっています。

 かつてアメリカの大学病院で「驚きのモダン漢方」という講義をしたことがありますが、鍼治療をaccupuncture、お灸をmoxibustion、按摩をmassage、食養生を dietary treatmentと訳して紹介したことがあります。こうしたものを全てひっくるめて広義の漢方ということになります。

 ところで東洋医学というと中近東やインドも東洋ですからこうした地域も広く含めることになりますが、今日お話しするのは日本、韓国、中国の三国を中心とした東アジアの伝統医学です。東アジアの伝統医学は、いずれも古代中国医学を根底にしていますが、今日の中国の伝統医学は「中医」、同じ古代中国医学を根底にした日本の伝統医学は「漢方」、韓国の場合は「韓医」と言います。東アジアの伝統医学にはこの三つがあります。概念が共通している点もあれば、流派が異なると違っているところもあります。

 以上に対して「モダン漢方」があります。私は漢方に凝り固まっているわけではなく、最善の医療を当たり前にやりたいという考えです。西洋医学は勿論すばらしいものですが、それでも手が届かないものの幾つかに東洋医学・漢方を知っていることによって手が届くことがあります。私は近代西洋医学と伝統的東洋医学の良いところを組み合わせるという当たり前の医療を「モダン漢方」と称し、これを実践したいと思いました。

 西洋医学では、CTやMRIやエコーなどですばらしい画像診断ができます。血液検査でも、幾千種類もの検査ができます。これを利用しない手はありませんが、その違いを一言で言えば、西洋医学は分析的であり漢方医学は統合的であります。アプローチの方法は、西洋医学は数量化と客観化ですし、漢方医学は経験と洞察です。

 西洋医学の病理観は要素還元論です。病人とは頭の先から足の先まで全部が病気と思われていた時代から18世紀初め頃になって、どうもそうではないらしいということが分かってきました。病理観は、例えば結核は肺臓の病気だという器官病理説に変わりました。

 さらにドイツの病理学者ウィルヒョーが1858年に『細胞病理学』を発表し病気は細胞レベルで病気になっていることを示しました。これが今日の西洋医学の体系の元になりました。

 一方、漢方の病理観は病態性質を重視しました。漢方治療の原則は、健康体からの病的な偏りがあればそれを見つけて是正し、全体的なバランスを良くすることにあります。

 具体的に言えば、熱ければ冷やす、冷えているものは暖める、過剰なら捨てる、不足しているなら補う、停滞しているものは通ずるようにするのが原則です。

 漢方の生薬療法というと、何か特別なもののように思われるようですが、植物由来の現代薬はたくさんあります。例を挙げますと,
 aspirin(柳の樹皮 鎮痛解熱剤)
 ephedrine(麻黄 解熱・鎮咳・利尿)
 digitalis(キツネノテブクロ 強心剤)
 vincristine(日々草 抗がん剤)
 morphine(ケシの樹液 鎮痛剤・多幸剤)
 penicillin(アオカビ 抗生物質)

 最近ですが、インフルエンザが流行って大騒ぎになり「タミフル」という抗ウイルス剤がもてはやされました。実はこのタミフルも元々は中華料理で使う八角という香辛料から作られました。ところでこのタミフルと同じぐらいの効果がある漢方薬が「麻黄湯」です。子供さんに対する副作用もなく、安心して使える薬です。

 生薬の煎じ方についてお話しします。
 私たちの煎じ薬の処方ですが、数種類の、多い時は十数種類の生薬を含む処方箋を書きます。調剤薬局では、それを一回分ずつ小さい袋に分けて作ってくれます。

 使うときは、必ず紙袋を破ってポットに入れるのが原則です。水の量は600mlから1000 mlです。普通の水道水で結構です。本格的な煎じ方の沸騰時間は40分を標準にしています。昔は土鍋でやったわけですが、今は吹きこぼれのない「マイコン煎じ器」があります。

 慈恵医大の創設者で、宮崎県出身の高木兼寛先生は「病気を診ずして病人を診よ」という言葉を残しておられます。ロータリーの精神に通じるものがあると思います。私も宮崎出身ですので、この言葉を肝に銘じております。

 これから具体的な処方について「病名投与」のお話しをしますが、この方法は漢方の専門家から薦められているわけではありません。しかし、一つの病気は症候群をなしていますからこういうやり方もあろうということでご理解いただきたいと思います。
1.ノロ・ウイルス感染症に
 冬場に,生魚や二枚貝を食べた後に下痢を起こすノロ・ウイルス感染症があります。これには半夏瀉心湯[14]が効きます。
 白湯100mlに2包みを一度に溶いて内服します。その後数時間おきに1包服薬します。

2.さらにノロ・ウイルス感染症に
 半夏瀉心湯[14]に真武湯[30]を組み合わせて飲むとなおさらよく効きます。

3.口内炎に
 半夏瀉心湯[14]は口内炎にも効きます。1包をごく少量のお湯で溶いてペースト状にして,それを潰瘍部に塗り付けます。3分もすれば不快な痛みは消えます。潰瘍は3分では消えませんが、内服3日程度で消失します。

4.咽喉頭異常感覚症に
 咽喉頭異常感覚症は圧倒的に女性に多い病気です。喉にピンポン玉が残っている感じがするというので,昔はglobus hystericus(ヒステリー球)といわれていました。今は咽頭球(globus pharyngeus)といいます。漢方では別の言い方で,梅核気とか咽中炙臠といっています。この症状には半夏厚朴湯[16]が効きます。

5.飲み過ぎ・二日酔いに
 これには黄連解毒湯が効きます。この薬は聖薬といわれたりします。ちょっと飲み過ぎたなと思ったら、店を出る時にまず一包を飲み、就寝後、夜中に起きた時に1包。朝、仕事に出掛ける前にもう1包飲めば完璧です。

6.頭痛のする飲み過ぎ・二日酔いに
 黄連解毒湯にはカプセル製剤もあります。これは頭痛がするような二日酔い,悪酔いのタイプに効きます。

7.胃腸の調子が悪い飲み過ぎ・二日酔いに
 飲み過ぎて,胃腸の動きが悪くなって,胃にチャポチャポした感じがあるような場合には,五苓散[17]が効きます。

8.飲み過ぎ・二日酔いには2種類同時に
 黄連解毒湯と五苓散を一緒にしたドリンク剤に,五苓黄解というのがあります。

9.寒気でゾクゾクしたり、のどがチクチクしたら
 ゾクゾクッとして風邪かなと思ったり、のどがチクチクしたりした時は、麻黄附子細辛湯[127]を飲むとすっかりよくなります。これもカプセル剤が出ています。私は高齢者の置き薬に最適な薬だと思っています。

10.風邪の後の遷延性咳嗽には
 風邪が治って2週間も経って、熱も出ないのに空咳だけが残っているという症状には、麦門冬湯[29]がよく効きます。気道過敏症に基づく空咳に特に有効で、咳一般にも、リン酸コデインに勝るとも劣らぬ鎮咳作用をもっています。

11.インターフェロン療法時の副作用対策に
 悪寒、戦慄、関節痛、頭痛,倦怠感などの予防に、インターフェロン療法の前に、麻黄湯[27]を飲んでおくと、こうした副作用がほとんど起こらないですみます。

12.不快で痛いこむら返りに
 こむら返りには芍薬甘草湯[68]が効きます。こむら返りを頻繁に起こす人は、大体明け方に起きますから、寝る前に飲んで寝ると有効です。ゴルフやランニングでこむら返りを起こしやすい人は、予防的に内服しておくとよいと思います。人工透析の時にかなりの頻度でこむら返りを起こします。この場合も事前に飲んでおくと、ほとんど起きないという結果が出でいます。胆石症、尿管結石の疝痛にも有効です。

13.失恋などでめそめそ泣く女性に
 「泣く」というのが大切な症状です。めそめそ泣くのも始末に終えません。子供の夜泣きもあります。これらには甘麦大棗湯[72]が効きます。醤油の甘みの甘草、小麦、ナツメの食物の組み合わせなのにびっくりするほど効きます。

14.円形脱毛症に
 六味丸[87]と並行して桂枝茯苓丸の服用が効果的です。

15.重症アトピーに
 難病ですが、十全大補湯[48]は重症アトピーに効くことがあります。
 以上、いくつかの具体例をご紹介させていただきました。