卓話


お互い様のボランティア

2016年8月24日(水)

異文化コミュニケーター
マリ・クリスティーヌ氏


 20年ほど前、タイ北部の山岳地帯に行きましたときに子どもたちが売られていることを知りました。学校の先生方に子どもたちが売られないためにはどうしたらいいのかを聞きましたら、「学校をつくれば子どもたちは読み書きや算数ができるようになり、親御さんも子どもを売らなくなる」と言われました。ラオス、カンボジア、ミャンマーとの国境に近い山岳地帯にはいろいろな言語の民族が住んでいるのですが、子どもたちはタイ語ができないためタイの学校に入ることができません。山から町に下りてできる仕事といえばちょっとした店番くらい。いかがわしい人間が「ウェイトレスをやらないか」「ハウスボーイをやらないか」と声をかけ、読み書きのできない親に契約金を渡して、子どもたちに売春をさせるというわけです。

 母親として女性として、これをなんとかしなければいけないと思い、20年前に「アジアの女性と子どもネットワーク」というNGOを立ち上げ、学校建設プロジェクトをスタートさせました。当時、企業の社会貢献活動やCSRが注目されるようになった頃だったということもあり、企業の助成もいただきながら、最初の10年間で10校を建設し、6,000人くらいの子どもたちが勉強できるようになりました。

 ここから巣立った子どもから、2011年の東日本大震災の後に手紙を受け取りました。手紙には、日本を案ずる言葉とともに、日本人に非常にお世話になったこと、日本語を勉強するようになったのは日本人に教育を受けさせてもらったからであることなどが、難しい漢字を使って書かれていました。私たちが建てた学校を卒業した後は大学に進学して日本語を学び、今は村に戻って学校の先生として日本語と英語を教えていることも書かれていました。大変うれしく思いましたし、こうした活動は継続することがとても大切なのだと改めて感じました。

 今日のタイトル「お互い様のボランティア」ですが、私は「お互い様ですね」という優しい日本語がとても好きで、講演のタイトルはいつもこのようにさせていただいています。今でこそボランティアやCSRという言葉が浸透してきましたが、20年前に私たちが活動を始めた頃は、横文字でボランティアとかCSRと言われても、ピンときませんでした。けれど、困ったときに「お互い様ですね」と言いながら助け合う文化は日本に昔からありましたし、これこそが日本人の本当のボランティアの形だと私は思っています。

 活動を始めた頃、タイの村で驚いたのは子どもたちの髪の毛が真っ茶色だったこと。「どうして髪の毛を染めているのかしら」と思っていたら、学校の先生がヨード(ヨウ素)不足のせいだと教えてくれました。ならばと、最初の2年間は、お歳暮やお中元の海苔をいろんなところから集めて、スーツケースに詰めてタイに持って行っていました。けれど、そんなことを一生続けるわけにもいきません。どうしようと思っていたら、ヨード不足には卵がいいと教えられ、始めたのが鶏小屋プロジェクトです。

 鶏小屋づくりは、人間のトイレをつくるところから始まります。トイレの汚水桝は三段になっていて、いちばん上に排泄物が入る桝があり、それを砂利や砂、ヤシの葉などでろ過していきます。いちばん下の桝に入るろ過された汚水はグレーウォーターといって、飲むことはできませんが魚を育てることならできます。このグレーウォーターの桝の上に鶏小屋をのせると、鶏の糞が汚水桝に落ちて魚のエサになるという、昔ながらの素晴らしいエコシステムが完成するのです。

 活動を続けていくうちに気づいたのは、私たちは子どもたちを支えるということだけでなく、村をお手伝いしているのだということでした。例えば、学校を建設していると村のおじいちゃん、おばあちゃんたちみんなが出かけてきて、工事の手伝いをしてくれたり、校舎をきれいにしてくれたりする。学校が村にとって大切なものであるという意識を彼らが持ってくれたからです。

 子どもたちが、村の人たちの畑仕事をお手伝いして、お礼に学校がお米をいただくこともあります。まさに、学校を拠点にしたコミュニティづくり、まちづくりです。おそらく日本も昔はそうだったと思うのです。子どもたちに教育を受けさせることができれば生活もよくなると信じて、村の人々が子どもたちのためにお金を出し合ってつくった学校があちこちにあったのではないでしょうか。

 タイでまちづくりに携わった縁で、2000年に国連ハビタット(UN-HABITAT 国際連合人間居住計画)親善大使に任命されました。同時に、認定NPO法人「日本ハビタット協会」を立ち上げました。国連ハビタットは世界の人々の幸せを「まちづくり」という視点から考え、改善のために行動する国連機関です。日本ハビタット協会は、国連ハビタットのパートナー団体として国連ハビタットの活動を支援しています。

 その一つが、アフガニスタンの復興支援です。過激な思想を持った回教徒は、女性は家にいて子育てだけをしていればいいと、女性が教育を受けることを禁じています。ところが、アフガニスタンの戦争が終わり、カブール大学が開校したときに多くの女性たちが大学に殺到したのを、テレビのニュースで見た方もいらっしゃると思います。高校に行っていない彼女たちがどうして大学に入学できたのか。それは男性に隠れて家で勉強していたからです。そのムーブメントの底辺にあったのが、国連ハビタットの活動です。

 国連ハビタットは「あなたの息子を元気に育てるためには、育児や衛生管理の知識が必要」と訴えて女性のコミュニティに入り込み、男性の目の見えないところで女性の教育を支援しました。男性と女性のコミュニティが分かれている回教徒の文化をうまく利用した支援です。残念ながら今は逆戻りしているところがあるのですが、コミュニティづくりやまちづくりでそこに入り込むときには、相手の文化を否定するのではなく、むしろ文化を利用しながらお手伝いすることが大事であることを示す例です。

 別の例としては、アフリカ周辺で問題となっている、爆弾が爆発する時の衝撃で水面にあがってきた魚を獲るダイナマイト漁あります。この漁を止めさせるために法律をつくり厳しい刑罰を設けたのですが漁はなくならず、「サンゴ礁を壊すから禁止です」「自然環境を守りましょう」と言っても通じません。そこで、回教徒の聖職者に相談したところ、聖職者は漁師を集めて「コーランには1日に食べるものだけを獲るとあり、それ以上は獲ってはいけない」と話したそうです。効果はてきめんで、ダイナマイト漁はだんだんと減っていきました。

 グローバルスタンダードでお互いに共通の認識を持っているといっても、私たちの価値観を押しつけようとしたり、私たちの価値観で教えようとしたりすると、そこには大きなギャップが生まれてしまいます。むしろ、相手の文化の中で理解し、それならば納得できるというやり方が重要です。

 今回、リオデジャネイロで開かれたオリンピックを見ていてうれしかったのは、日本人選手たちの堂々とした姿です。真の国際人が日本の代表として出場していると感じました。同時に、2020年の東京オリンピックでは、世界中の人たちに本当の意味での国際都市に来てほしいなと思いました。それには、通訳の充実も大事だし、外国人が一人でも歩けるようにすることも大事ですが、日本、特に東京に住んでいる若者たちが世界をきちんと見ながら、自分たちの都市に誇りを持てるようにすることが大切です。

 今回のオリンピックでは、豊かな大都市とスラムが背中合わせに存在しているということがよくわかりました。日本にはスラムはありません。そこに誇りを持つとともに、世界の人々にも同じような豊かさを与えていきたいという若者が育っていくことを期待しています。

 以前、国連ハビタットの仕事でケニアにある世界最大のスラム「キベラ」を訪問したとき、まわりから「上を向いて歩きなさい」と言われました。道のあちこちに汚物が落ちているので、私は踏まないように下を見ながら歩いていたのですが、「いや、上から飛んでくるから」と言うんです。「何が飛んでくるのですか?」と聞いたら、「フライングトイレット」だと。家にトイレがないので、夜になると排泄物をビニール袋に入れ、それをぐるぐる回して投げるのだそうです。だから「どこから飛んでくるかわからないから、とにかく上を向いて歩きなさい」と。

 こういう現状もあるんだなと驚いたのと同時に、上下水道の整備のようなお手伝いなら日本ができるのではないかとも思いました。過去に日本が困難を克服してきた技術や仕組みを、「お互い様」の気持ちでほかの国々が使えるようになればうれしいなと私は思っています。


      ※2016年8月24日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。