卓話


一瞬の美にすべてをかける!

2018年6月20日

野村花火工業(株)
代表取締役 野村陽一氏


 まず、昨年優勝した大曲の花火とビールのコマーシャルの映像を見て頂きます。それから、私の花火が優勝した理由をお話ししたいと思います。

 映像では皆さんが見たこともないような新しい花火が上がります。最初の2発は10号玉といい、直径30センチ、高度300メートルまで上がるものです。課題玉と自由玉で、2つの全く違う種類です。芯入り割物の部「昇曲付五重芯変化」と自由玉の部「キラキラ万華鏡」です。3つ目がスターマインと呼ばれ、自由な発想で音楽に合わせて2分半、花火を上げる創造花火で、「光の鼓動 結んで開いて」という作品です。花火が一度開き、それが閉じてまた開くイメージです。

 私が出演したビールのコマーシャルは、出演料をいただいて、花火も1000発位上げてと本当にいい思いをしたのですが、ビールを飲むシーンでは、「さわやかに飲んで下さい」「明るく飲んで下さい」「気持ちよく飲んで下さい」といろいろな注文を受けまして、OKが出るまでに10本ぐらい飲まされ、ちょっと大変な撮影でした。

 大曲の全国花火競技大会は全く新しい発想でなければ優勝できない厳しいもので、前年に使った物は使えません。そのため、毎年、大会が終わると1年かけてどんな花火を作ろうかと挑戦します。最初見ていただいた「五重芯」というのは5つの芯が入っており、一発の花火で6重に円が咲く最高難度の花火です。

 私どもの会社は技術が低く色も形も悪かったため、同業者から“闇夜のカラス”と揶揄されました。それでは水戸の花火師として恥ずかしいと、25歳の時に一大決心し、研究に明け暮れました。私は4代目で修業先もないので、先代と共に研究して、一週間に何回も花火を上げて、配合比率などのデータを取り、実験に明け暮れました。そして、20年後にやっと一発が競技大会で優勝したのです。そうすると、「またやるぞ」という気になり、どんどん優勝するようになりました。

 「キラキラ万華鏡」も誰も打ち上げていないタイプのものです。あるスナックに行くとカウンターに万華鏡があって、覗いてみたら「おもしろい」。花火にできないかとウチのスタッフと研究しました。今は発想、アイデアが必要です。

 毎年、7月の第四土曜日に隅田川花火があり、今年もコンクールの部に弊社も出品します。

 隅田川花火は、1733年に八代将軍吉宗公が大飢饉と疫病の慰霊と悪疫退散を祈って花火を上げたのが始まりでした。この時は20発位しか花火が上がらなかったので、あまりに数が少ないので男女が結ばれてしまったと皮肉った「昇り流星下り 玉屋がとりもつ縁かいな 」という川柳が残されている程です。今は2万発が上がります。

 隅田川花火もやはりアイデア勝負です。隅田川は情緒が深い街なので、作品名に「隅田」がつくといい点数をくれます。優勝するとビールを1年分もらえるため、一生懸命頑張ります。

 最初に優勝したのは、「流星群 星降る隅田の夜」という作品で、私が見た流星を何とかものにできないかと、小さいパイプの中に星を2つ詰め火薬で割るとまさに流星のように飛び散るので、それをたくさん詰めて打ち上げました。題名にぴったりということで優勝しました。

 「水面に映る隅田の月」という作品では、月の満ち欠けを表現して優勝しました。やはりアイデアなのです。しかし、アイデアは頭を叩いてもなかなか思い浮かびませんから、いろいろな情報を掴み、それを元に刺激しながら考えます。ですから、従業員ともども「アイデアを求めよ」と。仕事は8時から5時までですが、その後が非常に大切だと言っています。テレビのコマーシャルなどを見てそこから取り入れながら花火を作っています。今の花火は非常に大変です。

 大曲の創造花火の「光の鼓動 結んで開いて」という作品はベートーベンの曲に乗せて打ち上げました。音楽と花火がマッチし、ストーリー性と起承転結があると高く評価されました。優勝はしませんでしたが、10号玉2発との総合点で総理大臣賞を頂きました。「非常に斬新なアイデア」という審査の講評でした。

 その前年は、「光の旋律」と題し、ショパンのピアノの曲に花火の光をかけました。それも優勝させていただきました。花火は技術の高さだけではなく、演出、発想力などいろいろな力が試されます。そうした意味で職人の世界から違う世界に入ってしまったなと感じています。

 音楽がまず重要です。誰もが一度は聞いたことがあるような、馴染みやすい楽曲が適しています。クラシック、ジャズ、ロック、歌謡曲、映画音楽等幅広いジャンルから選択し、曲のイメージに合わせて、打ち上げる発射のタイミングを考え、起承転結のあるストーリーを作り上げます。感性もまた花火師の重要な要素です。

 作品のタイトルも重要です。花火の内容と、音楽との融合性を考えながらタイトルを付けます。これまでの優勝作品では、「インザムード」というジャズの曲を使い「今宵は花火でパーティー」と名付けました。最初は「今夜」と付けたのですが、「今宵」のほうがロマンチックだと変え、成績も良かったのです。

 「オンリーユー」という曲を使った作品は「あなたに捧げる光の花束」と名付けました。ミュージカル映画の「マイフェアレディ」を使った作品も「華麗なる夜空の舞踏会」と生き生きした題名にしました。昔は「夜空のファンタジー」「夜空の百花園」といった題名でしたが、今は訴える力があるようなネーミングを一ヶ月かけて社員と共に考えています。「千の風に乗って」という曲を使った作品は、歌の力で優勝したようなものですが、歌詞の内容をいかに花火で表現するかに苦労しました。

 日本の花火の歴史を少しお話します。日本で最初に花火を見たのは、1612年、徳川家康公でした。以降、諸大名の間で流行しました。火術師や砲術師が家康公ゆかりの愛知県や静岡県に行って花火を作ったため、今でも愛知県や静岡県は日本の花火メーカーが目白押しです。1620年代、30年代になると、ネズミ花火や流星などおもちゃ花火も登場しました。江戸はからっ風が吹いて、花火で火事になりやすいため、何度も花火禁止令が出て、隅田川以外でやってはいけないというおふれも幕府から出されました。

 浮世絵や錦絵にも描かれるほど花火は流行しました。この時代の花火は流星、のろし花火、しだれ柳などの線上で表すものでした。また、色を出す技術もなく、木炭が燃える時に出る、火の粉の色を楽しむ程度のものでした。その後、技術改良が進み、日本特有の丸い菊型花火ができたのは江戸時代の後期からで、現代のような色がついたものは明治時代からです。

 今、日本の花火は世界一といわれる程、技術的に優秀です。去年も大曲の花火大会では世界の花火シンポジウムがあり、世界の花火屋が集まり学術論文の発表をし、夜は花火を上げる発表会がありました。日本の花火はダントツに優秀で、いろいろなバイヤーが来て、「譲ってくれ」と引きも切らないほどですが、なかなか花火は譲れません。運ぶのも大変です。飛行機はダメですから、船で持っていくしかない。花火は、食やアニメ同様、日本の文化の一つであり、観光資源になります。「日本に見に来て下さい」と呼び込んでほしい。

 今年はロシアをはじめエチオピア、アメリカのミズーリ州から注文がきています。フランスの片田舎の町からも、現地で結婚した日本人女性から「地元の花火がぜんぜんおもしろくない、寄付を集めるから日本の花火を見せてほしい」と連絡をもらったのですが、なにせ会社が小さく、世界に向けて発信できないのがちょっと寂しいところです。そうした意味からも、花火を観光資源にし、インバウンドを狙ってほしいなと思っています。

 今年も7月第四土曜日に隅田川花火大会があります。あと一ヶ月しかありませんが、いい作品を出して、今年も優勝したいと思っています。

 今年は大曲の大会も三連覇がかかっています。そこで日本一になると世界一ですし、三連覇を達成した人は誰もいないので達成したい。1年間みんなでチームを組んでやってきましたが、今年は新しいアイデアがなかなか浮かばず、ちょっと難しいかという気がしますが、努力していい花火を上げてきたいと思います。

 技術を向上させるために、同業者とのつきあいもしています。何気ない会話の中に素晴らしいヒントが沢山あり、切磋琢磨している人とのつきあいは自分を向上させてくれ、いいアイデアが生まれる気がします。

 今後も高みを目指して、日本の伝統文化である花火の、いい花火を作り、外国の人にも喜んでいただきたいと思います。今年はこれから隅田川、お台場などで花火を上げますので、ぜひとも見て頂きたいと思っております。


  ※2018年6月20日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。