卓話


イニシエーションスピーチ

2006年5月24日(水)の例会の卓話です。

新美春之君
長瀬文男君 

第4101回例会
石油の話あれこれ

昭和シェル石油(株)
代表取締役会長

新美春之君

(1)日本は世界第3位の石油消費大国
2003年時点、世界の一次エネルギー供給量は原油換算100億KL、うち石油は40億KL。東京ドーム約9杯分の石油が毎日消費されている。世界最大の石油消費国はアメリカで10億KL、一国で全世界の4分の1の石油を消費。次は中国で2.9億KL。日本は2.8億KL。現在でも日本の一次エネルギー供給の半分弱は石油。原油を満載した大型タンカーVLCCが毎日2〜3隻ずつ日本に到着している。VLCCに満載された34万KLの原油は、中東から日本まで約20日間掛けて運ばれている。日本国民一人当り毎日7リットル弱の石油を消費。

(2)石油の歴史
石油が本格的に使われ始めたのは19世紀。当時はランプ油として鯨油の代替品であった。その後、自動車用ガソリン・軽油、航空機用ジェット燃料、船や工場のボイラー用あるいは発電用の重油、化学繊維・プラスチック原料のナフサ、と石油の活躍する場が増えていった。日本でも19世紀に本格的に石油が使われるようになった。

 昭和シェル石油の前身、ライジングサン石油が設立された1900年当時の石油製品はロウソクと灯油で、西洋ロウソクは和ロウソクに比べて長持ちするということで人気があった。灯油は殺虫剤としても使われていた。

 帝国海軍が重油を使い始めたのは明治時代の末期頃で、日清・日露戦争当時に使用していた燃料は全部石炭。重油は石炭に比べて取扱いが便利で火力も強いので次第に重油に移行していった。

 1962年に初めて石油は石炭を抜いてエネルギー供給の首位の座についた。同年には石油業法が制定され、安定供給確保の観点から、消費地精製主義の原則に立ち、石油産業は精製能力、生産計画等に関して政府の監督下に置かれた。日本の製油所の建設ラッシュは昭和30〜40年代。

(3)地球環境問題と石油

 最近では「石油はいつまであるのか」という懸念から「石油はいつまで燃やせるのか」という事に関心が移ってきた。CO2などの温室効果ガス(GHG)の排出抑制の世界的な動きが気候変動枠組条約でその中に京都議定書がある。京都議定書は日本にとっては歴史的悲劇かもしれない。日本は世界最高水準の省エネ国家であるが、1990年対比で6%削減を求める議定書の取り決めは大変深刻な問題。「京都」という冠まで付けられ、日本は世界の中でも最も強く議定書にコミットしなければならない。
 
 一方、世界一の排出国アメリカは議定書から離脱、第2位の排出国中国には削減義務はない。いまや議定書締結国の排出量合計は世界の排出量の3割余。日本政府は京都議定書目標達成計画を策定しているが排出削減は至難の業。現在すでに1990年比で排出量は7%増。主に民生と運輸部門で増えており、国民のライフスタイルの変革が議定書の目標達成に必要不可欠と言ってもいい。

 石油の次のエネルギーとして注目されているのは天然ガス。日本にはLNGとして輸入されている。LNGのGHG排出量は石油の約8割であり排出削減効果がある(LCA)。  
自動車のGHG排出量はガソリン車を基準として、ディーゼル車25%減、ハイブリッド車50%減、燃料電池車40%減と算出されている。普及が進まないのは、ディーゼルの場合はNOxとPM排出が多いこと、ハイブリッドと燃料電池は高コストが原因であるが、技術革新で更なるエネルギー効率改善とコストダウンが期待出来る。
 
 地球環境に負荷を与えない究極的エネルギーは、太陽光や風力などの再生可能エネルギーであるが、発電コストが高く普及のスピードは速くない。

 今日の石油産業は、省エネ活動や新エネルギーの開発、商業化にも積極的に取り組みながら、消費者の環境保全意識を高揚するよう啓蒙している。社会の一員として、社会に貢献し社会から評価される産業であり続けなければ存在意義はないとの危機感と責任感を新たにしている。

「日米映画事情」
(株)イマジカ
取締役社長
長瀬文男

 イマジカは前身が「東洋現像所」という会社で、昭和10年に京都の太秦で創業しました。当初は長瀬産業の輸入するコダック社製の映画フィルムの現像から開始し、20年前の1986年に社名をイマジカに変更してテレビ局さんのお作りになる番組の技術制作という仕事に進出し、現在では映画・テレビ番組・TVコマーシャルの制作や技術制作事業をメインの仕事としております。ちなみに、本年度の日本アカデミー賞を頂いた「Always三丁目の夕日」は当社グループのロボット社がオリジナルで製作し、日テレさんと組んで評価を頂いた映画で、ご覧になった方もいらっしゃるのではないかと思います。

本日ここにおられる皆様は、平素から文化芸術に大変造詣が深い方々ばかりと拝察いたしますが、実は一般的には日本のサラリーマンは殆ど映画館に行かない。この事実に対する問題提起をさせて頂きます。本日は映画を映画館に見に行くことをテーマに日米比較を論じます。映画を本当に楽しむのは大スクリーンで、素晴らしい音響で、暗い中で一気に見ることが本来の映画鑑賞だと言われております。従って自宅でテレビやDVDなどで家庭で観賞する回数はここでは勘定に入れていないことをお断りしておきます。

まず映画業界の産業規模ですが、興行収入(興収という)つまり個人が窓口で買うチケットの総売上規模について、2005年における興収は、アメリカ(国内):約1兆円、日本:約2千億円、ということでアメリカはざっと5倍の産業規模。輸出も含めたアメリカ映画の世界の興収はざっと2兆円、ということは2千億円対2兆円で10倍の産業規模の差になります。

 スクリーン数の比較は、アメリカ:37,740館、日本:2,936館 ということで、アメリカのスクリーン数は単純比較で日本の13倍。人口の差を考慮してもアメリカでは人口百万人に対して128館で日本の23館の5.5倍で映画鑑賞のための環境は恵まれていると言えます。

 ちなみに日本は過去スクリーン数が最大約7,500館(1960年)という黄金時代がありました。その後テレビの普及に押されて1993年に過去最低の1,700館まで落ち込み、最近になってアメリカ型シネコンが登場して現在の約3千館にまで戻しました。アメリカ並みならば3千館の5.5倍、つまり1万6千館あっても不思議ではないことになります。でも残念ながら昨年2,800館を越えるあたりから集客が頭打ちとなり、アメリカ並みには到達しそうにありません。

 年間観客動員数の比較はアメリカ:年間延べ14億人に対し、日本:1億6千万人。人口一人当たり年平均はアメリカ4.8回に対し日本は1.3回。日本人は年間にたった1.3回しか映画館に足を運んでいないのが現実です。日本人がアメリカ人並みに年間4.8回映画を見に行くのは非現実的ですが、少なくとも年2回は行って欲しいという悲痛な願望があり、熟年夫婦割引とかシニア割引などあの手この手で集客を図っています。

 つまり、『日本の中高年よ、もっと映画館に行こう』ということを申上げたいのです。私は昔ロスのWestwoodで2年過ごしましたが、金曜日の夕方にその週末の封切り映画が登場します。夕方オジさんや若人が映画館の前に並んでいました。次の月曜日の職場で週末に見た映画の話が必ず出るので見ておかないと話題について行けません。先週末から世界同時公開で始まった話題の「ダビンチコード」は皆さんも見ていないことが恥ずかしいという程のヒットになると言われております。また最近では邦画でも三丁目の夕日のように秀作が増えて、中高年に人気の映画も出てきています。

 日本でも土曜日の午後は老若男女のカップルで映画館が溢れる、そういう日が来ることを夢見て私の話を終わりたいと思います。