卓話


イニシエイションスピーチ

2013年5月8日(水)の例会の卓話です。

早河 洋 君
小西武志 君

テレビ視聴率と時代

螢謄譽喞日 代表取締役社長
早河 洋 君

 日本でテレビ放送が始まって今年でちょうど60年,どのような番組が視聴者に最も見られたのか,視聴率の上位ベスト50方式でまとめてみました。

 テレビ視聴率ナンバーワンは,1963年12月31日に放送された「第14回NHK紅白歌合戦」81.4%です。年末の大掃除や正月の準備を終えた夜9時,一家揃って茶の間に集まりテレビに釘づけになった,あの時代の家族の風景を思い出す人は沢山いるでしょう。

 第2位は1964年10月23日NHK放送の「東京オリンピック女子バレー日本対ソ連戦」66.8%です。大松監督率いる東洋の魔女が,回転レシーブや変化球サーブ等独自の戦法で身体能力の高いソ連チームを圧倒し,セットカウント3対1で金メダルを獲得した試合の中継でした。オリンピックでベスト50に入っているのは4大会で,ミュンヘン五輪が58.7%で10位,札幌五輪が53.1%で28位。スキージャンプ70メートル級で笠谷,金野,青地が金,銀,銅を獲得し,日の丸飛行隊と賞賛されました。32位にはメキシコ五輪51.8%があります。

 第3位は,2002年6月9日フジテレビ放送「ワールドカップ日韓大会日本・ロシア戦」の66.1%。第4位は1963年5月24日,日本テレビ放送の「プロレスWWA世界選手権デストロイヤー対力道山」64%です。力道山の“空手チョップ”とデストロイヤーの必殺“4の字固め”の応酬で文字通り死闘となり,最後は引き分けに終わりました。

 第5位は,1966年5月31日フジテレビ放送の「世界バンタム級タイトルマッチ ファイティング原田対エデル・ジョフレ戦」63.7%です。原田選手はラッシュ戦法を武器に世界フライ級・バンタム級の二階級を制覇し,6試合が視聴率50%を超え,ベスト50入りしています。

 第6位は1983年11月12日,NHK放送の連続テレビ小説「おしん」62.9%です。橋田壽賀子さんの原作・脚本によるこのドラマは,明治,大正,昭和を生き抜いたおしんの,苦難を耐え忍ぶ姿を描いた一代記でした。この数字は,今だにテレビドラマの最高記録となっています。NHKの連続テレビ小説は,計12作品がベスト50圏内に入っています。

 第9位は1965年7月5日に放送されたNHKニュース「ついに帰らなかった吉展ちゃん」59%です。ニュースとしてはテレビ史上最も高い視聴率を記録しました。その要因は,犯人からの身代金要求の電話をテレビ・ラジオを通じて公開し,情報提供を求めたこと等により事件が国民的関心事になっていたことです。

 取り上げたテレビ番組からは,戦後の名残り,高度成長期のなかで,国民大衆が何を求めていたのかが分かると同時に,昭和の風景,情景のようなものが浮かび上がってきます。また,50位以内に入った番組は60年代が最も多く20本,70年代14本で,90年代以降はわずか4本でした。このことから,テレビの黄金時代は,1960年代頃から20年余りだった,ということになります。

 そして今,インターネット,モバイルなど映像のデバイスが急速に拡大し,テレビは絶対的存在から相対的メディアに変質しています。視聴率ベスト50からそんなことが見えてきます。

建築と照明

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小西武志 君

 私は建築を専門に勉強し,その一部である照明の魅力に取りつかれ,この30年間建築照明分野で色々な角度からその変遷を見て参りました。本日は比較的新しいこの分野の歴史及び考え方を皆様にお伝えさせて頂きます。

 建築照明とは英語でArchitectural Lightingと言い,1950年代後半にアメリカから世の中に登場しました。50年代の建築と言えば,忌々しい第二次世界大戦から人々はあらゆる意味で解放され,明るい見通しのもとに,更なる建築の質の向上という意味で素晴らしい建築が創造されています。

 そんな状況下で“空間の演出”を求められたアメリカにおいて需要が盛り上がり,建築照明という分野が誕生したものと思われます。

建築空間には大きく分けて2種類の光空間があります:
1.西洋: ストーン構造文化 開口部を作るのが課題----------- スポット光
2.日本: 木構造文化 開口部を塞ぐのが課題----------------- 拡散光(障子等)

 この空間で育まれた文化は,その空間が提供する光の質により大きく影響された事が解ります。

 建築空間が求める光は,文化的な立場から実に興味深いものがあります。その中でも,私が考える突出した光をコントロールするエポックメーキングな照明器具を御紹介させて頂きます:
その1:建築家Poul Henningsenの器具 (1920年代)北欧 眩しさを制御する器具

その2:彫刻家Isamu ノグチの“Akari”(1960年代)日本 米国 拡散する光を再現

その3:照明の奇才Edison Priceの器具(1970年代)米国 予測した光,高効率の追求
 上記3名のクリエーターは今も尚,建築照明分野の形成に多大な影響を与えた作家であることは間違いありません。

 光源の変遷と言えば,1879年に発明家エジソンの発明した白熱球を主体に,人工照明は19世紀後半より発達し,ごく最近まで重宝されてきたのでありますが,その光がどのように建築空間と交わるのかと言う建築照明の研究は当時皆無に近いです。

 それを打破したのが建築家Mies van der RoheのNYのPark Aveにあるシーグラムビル(1957) と斜め前に位置するSOM設計のリーバーハウスビル (1952)でした。その照明を担当したのがNYのエジソン・プライス氏(1997年没)でした。

 プライス氏は,光を制御する反射板,つまり光の飛び方,拡がり方,あるいは眩しさを取り除く照明器具,更に高効率器具を考案しました。私共の分野ではパイオニアと言うべき人が現れたのです。彼の素晴らしい所は,器具の性能を把握し,空間の中の照度をコンピュータ入力することで空間の光分布が解り,その空間がどの様に光るかを建築家が把握出来るようになったのです。例えば,配線ダクトも彼の考案ですが,一番大きな貢献は反射板付ダウンライトの考案だと思います。

 この新しい進歩により,この様な空間を創りたいと言う建築家や施主の要望に対して,建築照明はアメリカで着々と60年代から進歩を遂げてきたのです。彼の考えた器具は良い意味でコピーされ,世界の照明産業を育成してくれました。つまり,プライス氏によって,光をコントロールし,要求される光を照明デザイナーが提供できることが可能になったのです。

 しかしながら,この10年のLEDの登場によって建築照明の在り方が大きく変わってきました。光源のLEDは寿命が50000時間,白熱球の27倍程度長く,エネルギー消費量は1/6程度です。それを器具にした場合,LEDの照明器具は発生する熱量が少ないので,器具の材料費率が少ない事から現在では白熱球器具と比べて価格は1.5倍〜2倍に迄なりました。更に熱発散が少ないので空調の効率化と節電に寄与します。白熱電球は前年比70%と減少しているのに対して,LEDは毎年300%で推移し,ここ数年でLEDは完全に白熱を淘汰することは事実であります。

 光源はこのようにして日進月歩して居りますが,エジソン・プライス氏の考えを基にした建築照明の考えは,LED時代突入にも係わらず,今や世界の照明計画のお手本になっています。他の2人のデザインも時代を超越し未だ皆様のお家で重宝されていることを考えますと,やはり良いデザインはどの分野でも生き残って行くものだと昨今しみじみと感じさせられます。