卓話


教育識字月間例会
100万人のクラシックライブ

2019年9月4日(水)

(一財)100万人のクラシックライブ
代表理事 蓑田秀策氏


 私は金融の世界に40数年間おり、昔の典型的な銀行員のパターンで生活をしていました。人生の大半はゴルフとテニスで過ごし、音楽に触れる機会はほとんどありませんでした。それがなぜ、「100万人のクラシックライブ」を始めたのか。

 その前に活動の概要をお話します。これはクラッシックの演奏で、大きなホールで行うコンサートではなく、基本的には弦楽器とピアノの2人で演奏してもらいます。聴衆規模は50〜70人としており、どんなに多くても100人以内で収めるようにしています。一言でいえば、出前コンサートで、売りは至近距離で若手演奏家の演奏が聴けること。一番近い席では1メートル先に演奏家が立っており、生のバイオリン、ビオラ、チェロの演奏が聴けます。入場料は大人1,000円で中学生以下は無料です。赤ちゃんも大歓迎です。

 一人1,000円という入場料徴収モデルの他に、「アレンジャー」(主催者)と呼ぶ、活動の趣旨に賛同し場所の無料提供と集客をしてくれる全国の企業・団体・個人、もしくは別途スポンサーに5万円プラス演奏家の交通費を負担してもらうモデルもあります。このモデルは、参加者は無料の場合もあれば、1,000円を払いそのお金を主催者にお戻しするケースもあり、50人が参加すれば5万円のスポンサー料はタダになります。

 我々の定義する「若手演奏家」とは、命を燃やして演奏をしている人すべてで、実年齢に関わらず、音楽に熱い思いを持っている演奏家と定義しています。従って、修行・勉強中の学生、立派にお金を稼いでいるプロ、さらには有名な演奏家まで幅広くいますが、すべて同じ金額で演奏してもらっています。

 名前の由来は、1年間に全国で100万人にクラッシックライブを届けたいと思ったからです。同時に100万人に届けるためには、自分だけでやっていたのではどうしようもないため、2つのビジネスモデルを考えました。

 一つは、主催者を全国に見つけに行き、自分では主催しないこと。活動内容を説明して日本中を回ると、賛同して下さる方が沢山いらっしゃいます。そうした方々と手を組んでコンサートを行うのが第一点。私が銀行時代に手がけたシンジケートローンと全く同じで、銀行員としては「レバレッジを効かせる」と説明したほうがいいと思いますが、一つのことを行うために一人の力でやるのではなく、沢山の人の力を使って達成するモデルを作ろうと思いました。財団が全コンサートを主催するのではなく、賛同してくださった方それぞれが全国で主催し、それを以て一つの活動にしていく形を取ろうと思いました。

 もう一つは、100万人に届けるため、入場料を1,000円にした訳があります。日本の労働人口のほぼ半分、約5,000万人は年収が250万円以下という世帯です。この人達が家族で楽しもうとする時にいくら使うか、外食産業をくまなく調べた際にわかったことは一人1,000円でした。従って、一人1,000円であれば、毎日が大変な方々もひょっとしたら来てくれるかもしれないと思いました。そして、中学生以下は無料にしました。特に子育て中のお母さんに赤ちゃん連れでも来ていただけるようなコンサートにしなければいけないと思いました。

 演奏時間は1時間で休憩なし。そして、必ず演奏前に演奏家が解説をしてから始めます。この形は、実は私がクラッシックをあまり好きではなかったことと関係しています。 私はクラッシックが苦手だったのですが、62歳の時に身近で聴いたあるバイオリニストの演奏にとても魅了されました。若干18歳の芸大1年生でした。「こんな若いやつがこんな演奏をするのか」と、今まで聴いたことのないような音、感じたことのないような感動を覚え、心の底からこれはすごい、身近に聞くバイオリンはすごいなと私は思ったのです。そのバイオリニストは岡本誠司。当時、東京芸大の1年生で、その3年後に国際バッハコンクールで日本人バイオリニストとして初めて優勝しました。彼はその後、我々の活動にも参加してくれています。

 いろんな人達とクラシック音楽業界の話をすると、若い演奏家達は演奏する機会がない、せっかく一生懸命頑張ったのに本番がないと言うのです。リサイタルをする時には、演奏家は泣く泣く多額のお金を払ってホールを借りて、「ご招待しますので、演奏会に来て下さい」と自腹を切ってリサイタルをする状況なのです。どんなに上手くても名前の売れていない演奏家はそういうことを繰り返しています。

 それであれば、コンサートの場所を作ればいいのだろうと私は思いました。先ほどのようなビジネスモデルを作って日本中でコンサートをやればきっと若い人達に演奏する機会が与えられる。

 さて、演奏家を育てるためにいくらかかっているのかと考えると、弦楽器ですと3歳位から練習を始めて23歳までの間に平均して1人2,000万円位のお金を親御さんは投資しています。全国で音大から卒業する学生は年間1万6,000人から2万人といわれており、そうすると、30年間で約48万人の演奏家が日本国内に出てくることになります。50万人×2,000万円は10兆円。つまり、10兆円の投資をして育てた50万人の演奏家という国富を我々は国として持っているはずなのです。にもかかわらず、演奏機会がないために、おそらく全体の90数パーセントは演奏家を辞めてしまいます。ということは、9兆円以上のお金を我々はドブに捨てていることになります。

 待てよ、そんなに立派な国富があるのであれば、これは世の中のために使えるのではないかと1年考えました。演奏家の「やりたい」という気持ちを知れば知る程、彼らの気持ちを汲み、彼らの力を使って何か世の中の役に立てることはないのか。このように発想が進んでいきました。

 そこで、私がずっと前から持っていた問題意識と重なりました。この国は、1990年頃からずっと坂道を転げ落ちています。私は90年からロンドンに8年間いて、外から日本を見ていました。あの時感じた日本で、最もこれはまずいと思ったのは、人間関係が、社会が壊れていっていることです。コミュニティの弱体化、人と人のつながりの希薄化、個人主義の蔓延がすごい勢いで進みました。なんとかして人と人の関係がもう少し改善されないものか。

 我々の世代よりもちょっと上の世代、子ども部屋を作った世代です。ちゃぶ台で勉強していた時代から子ども部屋に移って深夜放送を聴きながら受験勉強をし、そして個人主義は素晴らしい、自由な生活を謳歌しようと進めてきた世代です。経済成長はしたけれども、我々は個人主義の暴走は止められなかった。今世の中で起きている子どもの虐待、あるいは親が子を殺す、あるいは子どもが親を殺す事件、大人や子どもの引きこもりは、家庭の中で起こっていますが、仮にコミュニティが、近所のつきあいがもう少しなんとかなっていれば、かなりの部分は事前に察知あるいは救えたかもしれないと強く感じています。

 それであれば、人がつながるような世界を作りたい。もう一回、21世紀型の人間関係の構築を目指して、少しスマートなやり方で新しいコミュニティを作ってみたらどうだろう。それには素晴らしい感動をもたらす音楽、そして、全国にいる10兆円の投資を受けた演奏家達がいるではないか。この演奏家達と一緒に新しいコミュニティを作る活動をしていったらどうか。これが、私が行き着いた結論でした。

 そうした意味で「100万人のクラシックライブ」と名付けました。一回平均で50人が参加する場合、年間で2万回のコンサートの開催が必要です。2万回とは1日当たり67、8回のコンサートになります。全国47都道府県すべてで毎日開くとちょうど100万人が参加するコンサートになります。したがって、それはコミュニティを作っていく活動に十分になるだろうと思いました。

 たくさんの「アレンジャー」がいて、今、100団体・個人です。お寺、ホテル、塾、学校、レストラン、会社の会議室。定期的に行っていただいている会社が全国にあります。従業員に向けて、取引先を呼んで。車のディーラー、街のレストラン、さまざまです。そうした所での出前コンサートというコンセプトで今一生懸命やっています。ここにいる皆様も一肌脱いでもいいという方がおられればぜひお声をかけていただきたいですし、賛同いただけそうな方を知っていればぜひ教えを賜れればと思います。

 去年は全国で100超のアレンジャーが年間432回のコンサートを実施し、2万2,521人の方が参加しました。何とか年間2万回に持っていきたいと思っていますので、ぜひご支援を賜りたいと思います。