卓話


新テレビ国際放送発進!

2008年7月23日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本放送協会
副会長 今井 義典氏

 情報が国境や文化を超えて駆け巡る21世紀で,私たちは,様々なソースから入ってくる情報を取捨選択して判断を下すことが求められます。私たちは,その判断に基づいて国際的に意見を交換し,互いに理解を深め問題を共有して利害の調整を図っていく時代に生きています。そこには,信頼できる情報を,優先順位をつけて,関連づけをしながら,あるいは,解説を加えながら提供するプロフェッショナルとしての放送メディアの役割が欠かせないと確信しております。それを国際的に提供するのが,テレビ国際放送です。

国際放送は,1920年代にラジオの放送が始まった直後から,短波放送で行われました。当時は自国のプロパガンダが目的でした。

テレビの国際放送は,1980年代の終わりから90年代始めにかけて,人工衛星の発達に伴って台頭しました。衛星を使って,通信網を結んで情報の交換をするということを提唱したのは,「2001年宇宙の旅」で有名なイギリスのSF作家,アーサー・C・クラークで,1945年のことでした。当時,クラークは,イギリス空軍のレーダー部隊の将校でした。構想は,その経験から生まれたアイディアだと思います。

 クラークの提唱した衛星通信網は,1962年に実現しました。周回軌道に乗る通信衛星テルスターによって,情報が世界に届くようになりました。1963年11月には,ケネディ大統領の暗殺が日米間の最初の宇宙中継によって日本に伝えられました。1964年には静止衛星シンコムが打ち上げられました。赤道上3万6千キロの所で静止して,24時間,情報を中継できる画期的なものでした。この衛星を使って,1964年10月,東京オリンピックの映像が世界に伝えられました。

衛星の利用が日常化して,日米間でテレビ映像の交換が行われるようになったのは1980年の頃です。私はその頃,ワシントンの特派員として,ホワイトハウスの前から,毎日,レポートを送る仕事をいたしました。

 同じ年に,アメリカの衛星放送局CNNが誕生しました。CNNは80年代の半ば過ぎにヨーロッパでの衛星放送を始めました。これが衛星を使った国際テレビ放送の始まりです。

80年代末,テレビの情報が国境を越え東側の人々の心を揺さぶり,ベルリンの壁が崩れるに至ったといわれます。これをきっかけに東西冷戦が終わりを告げ,世界は経済競争の時代に入りました。加えて,民族や宗教の対立で大規模なテロや戦争が起きるようになりました。

 そのなかで,「我こそは情報の雄なり」と国際放送を目指す放送機関が相次いで生れました。CNNに続いたBBCワールドもその1つです。その後,グローバル化が進み,テレビ国際放送の影響力が大きくなる中で,90年代を通じて,テレビによる国際情報がアメリカ,イギリスの見方に片寄っているという批判的な意見も生まれてきました。

 そこに登場したのが中東カタールのテレビ放送「アルジャジーラ」です。イスラム教の強権的な政府のもとに生まれた放送局ではありますが,アラブの情報を世界に発信する放送として瞬く間に注目を集めました。「アラブの声」として世界に大きな影響をもたらすようになり,アメリカとは違う立場の情報が様々に伝えられたことは記憶に新しいところです。

さらに,2006年にはフランス語と英語で放送する「フランス24」が誕生しました。韓国,中国,ドイツ,そしてロシア,イラン,ブラジルも,母国語や英語での放送を発信する時代になりました。

NHKでも,テレビでの国際発信は長年の課題でした。80年代の終わりに,当時の島会長が「GNN(Global News Network)」構想を発表して国際的に注目されました。世界の24時間を日本,アメリカ,ヨーロッパの放送機関3つで,8時間ずつ分割して,ニュースを発信していくという構想でしたが,残念ながら実現に至りませんでした。しかし、NHKにとって一つの重要なステップになりました。

1990年,私はアメリカから戻って,英語の経済ニュース番組「Japan Business Today」を作って,これを世界に送る指示をうけました。毎日,30分のニュース番組を作る仕事でした。50人のスタッフを擁して,かなり質の高い日本発の本格的なニュース番組だったと自負しています。

この経験を踏まえて,NHKも短波からテレビへ転換を目指して,95年に24時間の国際テレビ放送をスタートさせました。当初は日本語が主力でしたが,今年の秋には,100%の英語放送を提供できるところまで進んでまいりました。

この流れと呼応して,日本では,国際発信を求める声が強くなってきました。その背景には,バブル崩壊後の日本の相対的な地盤沈下を何とかしなければ,という思いがあると思います。NHKを軸にしたテレビの国際発信の強化が議論され,今年の4月に施行された改正放送法には,「NHKによる外国人向けテレビ国際放送の発信」が具体的に盛り込まれました。邦人向けの日本語放送から分離して,来年の初めには,いよいよすべて英語による24時間テレビ放送を開始します。

では,新しいNHK国際放送にはどんな特徴があるのでしょうか。

 一つは,NHKが持っている取材力と制作力をフルに活用して,最新のニュースと情報を24時間,世界に発信することです。

2番目は,情報系の様々な番組に,民間の力をお借りすることです。新しい放送法にも「テレビの番組を作るために,NHKが出資して国際テレビ放送番組制作の子会社を作る」ことが盛り込まれ,国際放送専門のTV番組制作会社が設立されました。ここには一般企業の出資もお願いしていますし,民間放送からも番組を提供していただくよう呼びかけています。

3つ目は,激動するアジアの情報も発信することです。NHKでは,この5〜10年の間,アジアでの取材を強化してきましたが,ようやく地に足のついた取材力が整いました。さらに取材力を増強して,アジアの息吹を世界に発信していく責任を果たしたいと考えております。

次に,この放送はいったい誰に見てもらう放送なのかということをお話しします。

ターゲットは,自分なりの判断基準で,情報を集めて日々世界の動きを追っている,外国の,政治家,専門家,ビジネスマンの人たちでしょう。これらの人たちは,従来のアジアや日本の情報に満足せず,飽き足らない思いを持っています。情報量そのものも十分ではありません。日本の政治や経済の現状,社会の動き,世論の動向の情報が欲しいという海外の声もよく聞きます。

 放送法では,「我が国の文化・産業その他の事情を紹介し,正しい認識を培い普及して国際親善と経済交流」を図るよう求めています。また,NHKの国際番組基準では「内外の重要なニュース,我が国の重要な政策,国際問題に関する見解,そして世論の動向を正しく伝えること,客観的に真実を伝えること」が盛り込まれています。「解説や論調は,公正な批判と見解の下に我が国の立場を鮮明にし,世論を反映すること」とも謳われています。

NHKの国際放送は国益をどのように伝えるか,このことがよく議論になります。狭い国益にとらわれた放送は,かえって,世界の人々の信頼や支持を損ないます。海外の方々から指摘されることは「日本に存在する多様な考え方と,それが,どのようにして合意形成が行われるのかが,よく見えない」ことです。そのような期待に誠実に応えて,日本への理解と信頼を醸成していくことが,日本との距離を近づけ日本への評価を一層高めることになります。それが私たちの最大の役目だと考えております。

日本やアジアの情報に関心がなかった人,あるいは,接触する機会がなかった人たちに,テレビを通じて,日本の情報を伝えることも極めて重要なことです。この人たちも重要なターゲットです。

アニメ,ファッション,食,ライフスタイル,いずれも高い関心を呼んでいます。いま「Cool Japan」といわれていますが,若者の間での,日本ブームは大変なものです。この人たちにも,歴史と伝統と多様な新しい文化が共存する日本への関心を高めてもらいたいと思います。アジアの一角に,長い歴史と多様な文化を持ち,平和と民主主義を基盤とする魅力的な国と民族が存在することを広く知ってもらうのです。

もう一つ肝心なことは,受け手の受信環境の整備です。家庭やオフィスのスクリーンで,NHKのテレビ国際放送が難なく見えるようにしなければなりません。今,ケーブルテレビが発達し,小さなアンテナで衛星放送を見ることができる時代になりました。また最近は,ブロードバンドを使ったIPTVも出てきました。こうした様々な伝送システムを使って,世界の各家庭に放送を届ける作業も,目下,進めているところです。香港のIPTV,アラブサット衛星,ヨーロッパの三つの衛星会社などと提携して,全世界をカバーする体制を整えつつあります。

こうして私たちは来年初め,チャンネルイメージや制作体制を一新したテレビ国際放送を立ち上げます。そして,私たちはさらに前進を続けようと,2つの小さな夢を抱いています。

 一つはハイビジョンテレビです。NHKは世界で最初にハイビジョン放送を実現し,世界の有力放送機関を何歩もリードしています。私たちはテレビ国際放送でもハイビジョンによるニュースと情報を世界の先頭を切って届けたいと考えています。

 もうひとつ,日本の国内でもこの放送を見ていただけるようにしたいと考えています。日本には200万人の外国人が住んでいます。800万人の観光客がやってきます。今は,制度上の問題などがあってすぐには実現できませんが,ゆくゆくは,日本国内でも国際放送が見えるようにするのが,私たちの夢です。