卓話


世界中すべての人の尊厳を求めて−国際NGOの挑戦

2010年4月7日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ
東京ディレクター      
弁護士 土井 香苗 氏

 「世界中すべての人の尊厳を求めて」というテーマで,国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの活動の内容についてお話しします。

 日本では,「人権」という言葉に必ずしもよいイメージをもっていない人がいますが,人権というのは,人間が人間であるために最低限必要な権利です。世界人権宣言や多くの人権条約に国家の義務として定められています。

 例えば、奴隷にされないとか,拷問はされないとか,身体に自由があるとか,本当に当たり前の権利です。例えば今のビルマでは,政府の許可なしに5人以上集まることすら違法です。集会の自由がないのです。そういったことが,まだまだ続いている国がたくさんあるというのが現状です。

 「貴方は何故そのような仕事をやっているのか」と,よく聞かれます。私は,高校時代に,犬養道子さんが書かれた『人間の大地』という本を読んで非常に衝撃を受けました。その内容は,犬養さんが,アジアやアフリカの難民キャンプを訪ねた際のルポでしたが,それを読んで私も何か難民を助ける仕事ができないかと思いました。それ以来,そのことを追い続けて,はや20年ぐらいになります。

 15年ほど前に,アフリカのエチオピアからエリトリアという国が独立しました。人口が350万人ほどの小さな国です。

 エリトリアが独立したばかりの時,私は大学4年でしたが,エリトリアで司法支援,具体的には刑法を作る仕事のお手伝いをしました。ところが2001年を境に,この国は独裁国家に変わってしまいました。国のためにと言って法学部で勉強した私の友人たちの多くが難民としてエリトリアを逃れて亡命せざるをえないという状況になっています。

 最初,私は,エリトリアの法律を作ることが,この国のためになると思ってやったのですが,実は,国家を助けることが必ずしも人びとを助けることにならない国がたくさんあるという視点、そして、人々の人権をまもるという視点が足りなかったかなと反省しているところです。

 こうして,私は2000年に日本で弁護士になりましたが,世界中の難民のことがいつも気になっておりました。

 2001年9.11同時多発テロが起こり,日本にもアフガニスタンから逃げて来た難民たちがいましたが,誰も彼もがアルカイダとの関係者と疑われたことがありました。当時は,タリバン政権から逃げて来たハザラ民族という少数民族が日本でも多数,難民としての保護を求めていたのですが、みんな一斉に捕まってしまいました。

 私たちは,日本での「難民保護制度」そのものを変える活動を致しました。今でこそ,日本は年間数十人の難民を受け入れていますが,この当時(90年代後半)は,本当に遅れていました。年間,数名を難民として受け入れるという程度でした。受け入れの人数が1名という年もありました。

 2002年5月に,北朝鮮からの脱北者が瀋陽日本国総領事館に逃げ込もうとして,それを阻まれるという事件が起こりました。

 アフガン難民や脱北者の駆け込み問題がきっかけとなって,日本でも,世界中から逃げて来た難民を受け入れようという改革が,いま段々と進んでいるところであります。

 私は,難民の収容施設の訪問を繰り返したりしておりまして,弁護士としては,かなり変わった仕事をしていたと思うのですが,難民を生み出す原因である紛争とか,大きな人権侵害そのものの根を断っていかないと,難民問題はなくならないと思い,ヒューマン・ライツ・ウォッチに席を置くことになりました。

 このことは,私が,もう少し勉強を深めたいと思いアメリカに渡って修士号を取ったのがきっかけでした。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは,日本ではまだ,あまり知られていない団体です。もう一つ大きな国際人権NGOに「アムネスティ・インターナショナル」という団体があります。これはロンドンが本部の団体です。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチの本部はニューヨークにあります。

 この二つが二大NGOといわれておりますが,どちらも「世界中の人びとの人権を保護すること」が目的です。

 私は,ヒューマン・ライツ・ウォッチの「世界の変え方=やり方」に、とても感銘を受け、この団体に入りました。

 その一つが「調査」です。人権侵害といっても何が起きているか,メディアでも報じられていないことが多いのです。そこで,まずは調査です。そうして,その原因の元を断つことを,世界中の政府に働きかけます。

 その仕事は,世界90カ国に及びます。力を入れている活動の分野は次のようなものです。
○ビジネスと人権
○子どもの権利保護
○対テロ対策
○人種差別の撤廃
○表現の自由
○宗教差別
○人権活動家の保護
○女性の権利
○拷問の禁止  など
 以上,大変多岐にわたっておりますが,大体80〜90カ国の人権状況を調査しています。人権状況の調査には危険が伴います。私の同僚たちは,毎日,危険の中で現地調査を続けています。

 1997年には,他団体とともにノーベル平和賞を受賞しました。これは,対人地雷の禁止条約を作ったことの功績に対していただきました。

 東京事務所設立は2009年ですから,出来たばかりです。私はニューヨークのオフィスにいた際に,私も東京にオフィスが欲しいと思いましたし,ヒューマン・ライツ・ウォッチとしても,日本の政府がさまざまな国際的な問題に対して解決のために持っているポテンシャルの力が強いと感じていました。是非,東京に事務所を作ろうと言ってくれましたので,本部と二人三脚で頑張って東京事務所を設立したというのが昨年です。

 《ここで,ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査の実際を記録したVTRが紹介されました。

 VTRは『スーダン・ダルフール危機』を伝えた映像で、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査の結果,紛争の内容が次第に明らかになり,ついには,国際社会を動かすほどになった経過が報じられました。2003年に発生したこのスーダンのダルフール紛争は、次第に国際的な問題として脚光をあびるようになり,ついには国連安保理事会を動かしました。民間人を守るため、2007年には,国連・AU合同PKO部隊の派遣が安保理で決議されました。》

 スーダン・ダルフール危機は,世界最大の人道危機だと言われた紛争です。国連の推計では30万人に近い人たちが殺害されたと言われています。これらの事件は新聞を読んでいても,なかなか目に入らないような事柄です。先進国の人たちが知らない所で,非常に大きな問題が進んでいます。先進国の人間がそれらの問題をしっかり調査して明らかにしてメディアでも取り上げられるようにすれば,先進国の政府も「アフリカの問題だから」と見てみぬふりはできなくなり,解決にむけて前進する問題も多いと思います。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは,世界を変えるために,三つの方法をとっています。

 まず最初の一つは,何が起きているかという事実を知らせる。現場で調査・発表して,人権侵害の現実とその責任者にスポットライトを当てます。誰が何をやっているのかを知らせるのは,まさにジャーナリズムと同じだと言ってよいと思います。

 現実には,海外特派員も減っている傾向にありますので,我々は海外特派員の代わりだと思って世界中に調査員を配置しています。実際、世界中のメディアが毎月、何千回もヒューマン・ライツ・ウォッチの発信した情報を引用しています。

 次に,国際刑事犯罪に該当する極端なケース。戦争犯罪とか人道に反する罪といわれるような犯罪についてです。

 このような大きな犯罪では,オランダのハーグにある国際刑事裁判所(ICC)の国際刑事法廷での訴追をめざします。実際に,日本では,人を殺しておいて逃げおおせるとは,なかなか考えられないと思うのですが,国際的な場では残念ながら,大虐殺の犯人である権力者たちが処罰もされずに生きている事例に事欠きません。このような不処罰を終わらせることで、将来の虐殺の抑止力が生まれるのです。

 三つ目は,ヒューマン・ライツ・ウォッチが日本にオフィスを作った最大の理由なのですが,欧米のみならず、日本やインドなどアジアの大国、とくに民主主義を重んじる政府が人権のためにも外交力を使ってくれれば,苦しんでいる人にとっては大きな力になると思います。我々としては,まずは日本政府にいろんな情報や政策提言を送ることから始めています。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは国際社会や国連の安保理も動かすという,すごいNGOです。わたしも,その力にほれ込んで,この組織に入りました。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチというNGOは,時代の目撃者です。

 スーダンで何が起きているか。ビルマはどんな状況なのかなどを,日本の皆様が,少しの時間でも考えたり話したりしてくだされば,日本の政治家のアテンションも段々とこの種の問題に向かうようになって,日本政府の世界中の人権危機の解決に向けてのプレゼンスを増していくことになるのではないかと思っています。どうか皆様のアテンションを頂ければ幸いです。