卓話


政と官のあり方を考える

2018年8月8日(水)

元厚生事務次官 元内閣官房副長官
(福)恩賜財団母子愛育会
会長 古川貞二郎氏


 昨今、政治不信、行政不信につながる出来事が後を絶ちません。森友学園、家計学園問題は政治、行政のあり方そのものに関する本質的問題ですし、この他にも幹部公務員による業者との癒着による不祥事など、信じられない不祥事が次々と出てきていることを案じています。

 橋本内閣で、私が内閣副長官の職にあったとき、接待問題など不祥事が続発したことを背景に議員立法により倫理法が成立しました。この頃、幹部公務員による不祥事がでてくるのはどうしたことでしょうか。正直に言って信じられない気持ちですが、これは昨今の政治家主導や公務員に対する激しいバッシングの中で、幹部公務員自身、行政官としての気概や誇り、使命感、責任感など組織のリーダーとしての自覚が希薄になってきているのではないかと大変危惧しております。

 そこで心配になりまして文科省の中堅幹部や、各省庁の若手公務員に話を聞いてみたところ、全員が全員、不祥事に対し「本当に恥ずかしいことだ」と怒りをぶつけ、激しい憤りを持っていることがわかりました。おそらくこれは公務員の素直な気持ちだと思います。

 皆さんには是非こうした実情を知っていただき、多くの公務員が厳しい環境の中で志を持って一生懸命仕事をしていることをご理解いただきたいと思います。

 次に政治のあり方、行政のあり方について申し上げます。私は現在の政治のあり方を大変危惧しています。それはリーダーの言動が著しく軽くなり、国民が信じがたいことが平然とまかり通っていることです。リーダーにとって最も大切なことは信頼であり、それは「言動の重み」と「公平公正」によって得られるものであります。リーダーは一旦口にしたことは、実現に向けて努力をする。努力する気がなければ、どんなに国民に受けるとわかっても口にしない。そこから信頼が生まれ、見識が生まれ、真の権威が身に付いていくのではないでしょうか。

 政治主導が強調されるようになった背景には、右肩上がりの経済の変化と深い関係があります。右肩上がりの経済の下では毎年果実が生まれ、それを国民に適正に配分するには、日本の公務員制度が最も適していました。経済が右肩上がりではなくなっても新たなニーズが生まれます。それに対応するには、既存の財源資源を付け替える必要があり、そのために法改正・制度改正が必要になる。それはまさに力仕事であり腕力が要る。政治でなければできません。

 なお国民の歓心を買うために、果実が生まれないのに生まれたかのように幻の果実で対応することがあります。幻の果実は赤字国債であり、子孫にツケを残さないために幻の果実で対応するのは、どんなに苦しくても極力控えるようにしなければなりません。 他方、公務員には行政の専門家集団として重要な役割があります。政治に対し的確な情報を提供し、知恵を出して政策の選択肢を考え、それを政治に示し、政治が的確な決断ができるよう補佐をする。そして政策が一旦決定されれば、それを国民に対し誠実に執行していく。

 私も経験しましたが、政策を執行し国民一人一人に届けることは気の遠くなるような仕事の重なりです。それを誠実にきちんと行う、情報の提供、政策選択肢の知恵、執行、これが公務員の大きな役割です。

 これまで政と官の役割が曖昧になっており、行政が行き過ぎて政策の決定まで実質的にやったり、政治がそれを任せ過ぎたり、政治が本来の行政のやることに口を出すなど、混沌としています。そのために本来の政治主導が政治家主導になったり、幹部行政官に対する恣意的な人事になったり、他方、行政官が必要以上に萎縮したり、あるいは妙に忖度することが起きていると思います。ただ役割分担の明確化は、口で言うほど容易なものではありません。この混沌とした状態はまだしばらく続くと思います。

 国民に対する車の両輪としての政治、行政のあり方が問われますし、それをきちんと明確にしていくことが大事であると思います。それは政治家が政策課題についてしっかりとした見識、研鑽を積み、行政官が公僕としての使命をもう一度噛みしめることによって実現していくものであり、そうしたことがなかなか実行できないとなれば、建前で終わってしまう危惧を持っています。これは国民がしっかりと監視していかなければなりません。 私は宮沢内閣の最後から、厚生事務次官として、宮沢内閣、細川内閣、羽田内閣、村山内閣と1年3カ月の間に4代の内閣、3人の大臣に仕える経験をしました。行政に混乱がないよう腐心した記憶があります。

 政と官の関係が大きく変わっていった具体的な事象は、細川内閣時代の二大政党を目指す小選挙区制の導入、橋本内閣による行政改革、小渕内閣時代の政府委員制度の廃止、鳩山内閣時代の事務次官等会議の廃止、それから、極めつきが安倍内閣の内閣人事局の設置だと思います。

 内閣人事局に対しては、公務員が萎縮する、士気の低下等、制度運用を含めた厳しい批判がありますが、幹部公務員の萎縮を内閣人事局のせいにし過ぎている気もします。人事制度自体にも検討の余地があると思いますが、幹部公務員自身が国家公務員を志した原点、使命感をもう一度振り返って、公僕としての職責を果たす努力が必要であると思います。

 私が内閣官房副長官を務めた時代に、橋本内閣の梶山静六官房長官の発案による省庁の局長以上と大使を対象にした人事検討会議を、梶山官房長官、与謝野馨副長官、私の3人で行っていました。次の小渕内閣から政務副長官が2人になりましたので、検討メンバーは4人になりました。その時は各省庁が守るべき基準とあわせて、恣意にわたってはならない等、検討する側が守るべき内規を設けていました。

 内閣の人事制度に不信感、不安感が見られたため、それらを払拭する意味でも、例えば内閣人事局内に複数の識者による委員会を設置して監視する、あるいは人事局長には中立公正な人材を充て、イギリスのように一定期間変えないといった手直しを検討してみてはどうかと思います。

 日本は政党政治で、政党は選挙において国民の多数の支持を受けて政権の座に就きます。政権の座に就いた以上、支持しなかった人を含めて国民全体のために政を行う立場に立つわけです。与党が内閣を組織し、国政を執行し、国民の代表である国会に対し内閣一体として責任を持つ。そのためにはすべての国民に対して公平公正が求められます。特に公職にある政治家は自らの権限とそれに伴う責任の重さを自覚して、いわば己を捨てる覚悟で国政に取り組むことが大事だし、そうした期待をしている次第です。

 一方、国家公務員は国民全体の奉仕者たる公僕であり、特定政権、特定政治家の僕ではありません。行政の遂行にあたっては、中立公正を貫かねばならない。公文書改ざん、情報隠しは論外です。ただ、中立公正を貫くと口で言うのは簡単ですが、時々の政権の下で行政を遂行することですから、実際にはそう容易ではありません。

 まず政策策定に当たっては、政治主導の下で時の政権に従うのは当然ですが、政権が目指す方向と自分の信条が異なる場合はどうするか。政策が決定されるまでは行政の専門家として自分が信念を持って、おかしいと思うものはおかしいと意見を述べるべきです。政権はそうした意見を聞く度量がなければならないと思います。そうした議論を経て、内閣として正式に決定された場合は、例えそれが自分の考えと違ってもその方針に従う。どうしても従いたくなければ、公務員を辞任するほかありません。

 かつて小泉内閣の郵政改革の時にそうしたケースがありました。郵政省幹部が郵政改革に反対し、与党国会議員に働きかけていました。ある記者が私にどう思うか尋ねたので、「当然だ。自分の考え、信念で意見をどんどん言うべきだ。ちっともおかしくない」。ところが、内閣として決定されるとその幹部は野党の議員に働きかけを始めました。再度尋ねられたので、私は「内閣の方針が正式に決った以上、それに従うか、どうしても従いたくなければ辞めてもらうしかない」と記者に答えました。その方は退官しました。

 間もなく、決定された具体的な施策は行政のルールに従って公平公正に執行されなければなりません。特定政治家の意に迎合して行政の筋を曲げるようなことがあってはならない。今日、忖度という言葉が横行していますが、忖度によって行政の中立公正がゆがめられたり、国民に疑念を持たせたりすることがないよう注意する必要があります。私は長年官房副長官として政権補佐の役割を果たしましたが、補佐と忖度は全く違います。忖度はあれこれ憶測して上の人の意向に合せることですが、補佐は疑念があればとことん議論をして政権の所期の目的に合うようにすることであり、忖度とは違います。

 国政が適正に運営され、国が発展していくためには政と官が密接に協力することが必要で、政と官は役割分担の関係にあります。よい政のためには両者が車の両輪として協力することがとても大事です。今は過渡期であろうと思います。

 東大生などから話を聞くと、本来は志を持って国家に入り行政の仕事に邁進するような若者が、公務員離れをしているそうです。これはゆゆしいことです。

 政治主導が強まる中で、公職にある政治家には自らの権限とそれに伴う職責の重さを一層自覚していただく。また、国家公務員は使命感とやりがいを持って行政の仕事に取り組んでいく。そして、そうしたことによって志のある若者に行政の道を目指すような範を示さなくてはならない。きっと、そうした立ち直りができると私は信じています。

 そのためにも、現職公務員は公務に全力を挙げてもらいたい。志を持って行政の道を選んだ以上は、使命感と責任感、そして誇りを持って、後進に対して行政はやりがいのある仕事であることを、身を以て示していただきたい。

 国民である皆様には、そうした志のある公務員が使命感をもって仕事ができるような環境づくりへのご理解とご支援を賜りたいと思います。


     ※2018年8月8日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです