卓話


トランプ時代に思うこと

2017年2月15日(水)

日本放送協会
報道局記者主幹 大越健介氏


 私は、2005年から2009年まで4年間ワシントン支局の経験があるだけで、現在のアメリカを拠点に取材をしている記者ではありません。「ニュースウォッチ9」という番組のキャスターを降りてから「どうもこいつは不満そうな顔をしている」と上から思われたらしく、元々政治記者であり海外経験もあるので、「今の日本を取り巻く世界情勢を自分なりの視点で、自分の行きたい所に行って、2ヶ月に1本、100分の番組を作りなさい」と言われました。今ここを知りたいという所を選び、日曜夜10時、2ヶ月に1回の不定期放映の番組を作っています。

 私は去年の今頃から「ポピュリズム」を大きなテーマとして抱いています。パリで大勢の人が亡くなったテロ発生から数ヶ月後で、反イスラムの声があがっていました。そして、フランスでは国民戦線のルペン党首が支持を伸ばしていました。人々の負の感情、異質なものに対する排除の感情に火をつけ支持につながっていくのがポピュリズムの一つの特徴になっていることを感じ、ヨーロッパでこれから何が起きるのか、強い関心を持ちました。

 すると、イギリスでEU離脱をかけた国民投票が行われることになりました。今までイギリスが利益を得てきた共同体から離脱するというナショナリズム、これも複雑です。イギリスはスコットランド、ウェールズ、北アイルランド、イングランドの4つに分かれており、イングランドの中もロンドンと地方でまた違います。そうした複雑にひび割れた中での国民投票がどうなるのか。これは世界を大きく左右するのではないかという問題意識を持って、番組でこれを真っ先に取り上げました。結果的に、国民投票では皆があっと驚く離脱という結論を出しました。

 その時既にアメリカでは、大統領選挙の共和党の予備選挙で、ドナルド・トランプ旋風が起きていました。その時点で、イギリスの国民投票とアメリカのトランプ現象を同じ線で論じるのはなかなか難しかった。現象面として非常に共通している面がありそうだという感じはありましたが、根底に横たわっているものは何かを言及するのは難しかった。 しかし、アメリカではトランプ氏が大統領になりました。そして、3月にはオランダで総選挙があり、4月にはルペン氏率いる国民戦線が台風の目となっているフランスの大統領選挙が行われます。特に、フランスで国民戦線が勝利し大統領の座を射止めることになれば、フランスのEU離脱が現実の視野に入ってきます。世界はかなり大きく変わろうとしています。トランプの時代を見ることは即ちポピュリズムの時代を見ることではないかという問題意識を持って取材に当たっており、オランダから帰国したばかりです。

 ポピュリズムとは一体どのようなことをいうのか。ポピュリズムはそれ自体が一つの主張や思想を持っている訳ではありません。一つの現象であり、民主主義のシステムの中ではついて回るものであり、そのポピュリズムが本流のように走り出すか、それともある程度うまく飼い慣らすことができるかだと思います。そして、それが今激流のように走り出す状況にあると認識しています。その最たる例がイギリスの国民投票であり、アメリカの大統領選挙でした。

 ポピュリズムという政治の現象、あるいはその手法には、3つの特徴があると思っています。
 一つはタブーを破ること。タブーを破る、人の耳目を引く発言がこうした政治家達、あるいは政党には目立ちます。もう一つは仮想敵を作ること。3つ目は、仮想の敵をどこに作るか。既成の権力、既成の政党である等、既成の権力を持っている人、その権力を司るエリート達です。つまり、タブーを破る、仮想敵を作る、既成勢力を批判する、この3つが大体条件としてあてはまります。

 日本でこの条件にあてはまる政治家は、引退されたということでお許しをいただいて言えば、小泉純一郎さんです。タブーを破りました。自民党の総裁が自民党をぶっこわすと言った訳ですから。そして仮想敵は郵政民営化に反対している議員達。「抵抗勢力」というレッテルを貼り、やっつけてしまった。古い体質に反発する改革派であるという自分達の印象を持たせることに成功しました。

 ポピュリズムが悪かというと、決してそうではないように思います。政治とは、常に有権者の票を獲得しなければならない、有権者に対して訴える政策を言わなければならないためポピュリズムは常に裏腹であり、ある人はポピュリズムとは民主主義の陰のように必ず付いてくるものと形容しています。

 ポピュリズムはなぜ出てくるのか。一つの例が、ドナルド・トランプ候補の選挙戦を取材した時の印象です。トランプ氏が1人で善玉も悪玉も両方やっている一人プロレスのようでした。「ヘイ、メキシコとの間に壁をつくるぞ」「そうだ」「誰が払うんだ?」「メキシコ」。ポリティカリーコレクトネスを言うべきだという政治の常識から完全にはずれて、言いたいことを言っています。そして、「メキシコの連中が職を奪っている」と敵を作っています。ポピュリズム手法そのものです。

 そこで、「メキシコ」と叫んでいる人達に取材をすると、よほど変わっている人なのかと思っていたら全く違い、極めて善良で物事をよく考えている善きアメリカの市民であることが衝撃でした。アメリカが置かれている状況やトランプ氏の良いところも悪いところもきちんとわかっている。「自分は批判の多いトランプに自信を持って投票する。それは支持政党や労働組合に入っていた等の理由ではなく、今世の中を変えないととんでもないことになってしまうから。変える力こそがこの人の力なのだ」と言っていました。その人自身が、ラストベルトと呼ばれる鉄鋼業の盛んな地帯で職を失った元鉄鋼労働者だという典型的なトランプ支持層の一人だったことも事実ですが、日本から来た私達に胸襟を開いて話をしてくれる人でした。

 イギリスのBREXITを取材した時も全く同じことを感じました。変わっている人だからこうした人達を支援する訳ではない。そこで私自身が「エリートの罠」にはまっていることに気づきました。先程も「我々の予想を裏切って」というような表現をしましたが、「我々」と偉そうに言っている時点で自分達は間違っているのです。選挙あるいは国民投票という一番正確な世論調査で結果が出ている訳ですから、「我々」と上から見下したように言っていた自分達が実はマイノリティだった。もう「我々」は、自分達がエリートで自分達が物事を動かしているという基本認識から変えなくてはならない時代にあるのではないかと思ったのです。

 ポピュリズムが出始めている現状について、「ああやって人の負の感情、マイナスの感情に火をつけて大衆を煽動するやり方は好ましいものではない。リスクが大き過ぎる」という考えを持つ人は当然多いと思いますが、どうしてそうした声が大きくなっているかについて思いを致すほうがより建設的ではないかと考えます。

 例えば、トランプ氏を支持したラストベルトの労働者達、彼らの格差に対する思い、豊かな中流階級のくらしが奪われたという思いに対して、「それは事実として知っていたよ。中流階級が下がって、格差が広がり、中間層が薄くなったことが原因だよね」と論評しているだけだったのではないか。そうした人達に向き合う政策を本当にやってきたのかと感じます。

 そしてもう一つ、トランプ氏が選挙で勝利した理由に、重要なキープレーヤーがいました。バーニー・サンダース上院議員、ヒラリー氏の対抗馬として民主党の大統領候補を争った人です。

 この人は党内では、ほとんど社会主義者と言われる人です。サンダース氏はトランプ氏と主義主張は全く逆で味方ではありません。サンダース氏が支持を得たことでヒラリー氏が民主党内で支持を固めきれなかった。サンダース支持者はヒラリー氏を大嫌いになってしまったという傾向がありました。

 ヒラリー氏が指名獲得をほぼ確実にしていた中でもサンダース氏は闘い続けました。取材に行ったところ、カリフォルニアのオークランドの町の真ん中に3キロぐらいの人の列ができていました。あの老紳士のところに若者達が集まり、彼が今アメリカで大きな負担になっている奨学金や学費の軽減、少数者の権利を守ると言うたびに、トランプ氏の時以上の怒濤のような歓声があがっていました。これもまさにポピュリズムです。ポピュリズムといえば、右側の勢力と重ねてイメージしてしまいますがそうではなく、手段であって現象です。主義主張そのものではなく、ある主義主張がポピュリズムに乗って広がった時にポピュリズムの台頭が見られる訳です。

 現実的な財政論からして全学生の金銭負担を軽くするなんてできません。それを理知的で思慮深そうな白髪の老紳士がしっかり語ると、多くの学生は信じ熱烈に支持した。そして、その人達とトランプ支持者達との共通項がありました。それは、反エリート、反既成勢力、つまり反クリントンでした。ヒラリー氏は、得票数はトランプ氏を上回りましたが、アメリカの選挙制度のシステムによって敗れてしまいました。

 繰り返しますが、ポピュリズムそのものをいいとか悪いとか言うつもりはありません。そこに現れているものを知ることが大事だと痛感しました。

 そして、ヨーロッパで大統領選挙が行われます。アメリカの直接選挙とは違うシステムです。3月に行われるオランダでは自由党のウィルダース氏という極めてユニークなポピュリズム政党の党首が注目を集めており、支持率で圧倒的一位を走っています。しかし、オランダでは28の政党が名乗りを上げており、一番数を取ったとしても、一つの政党が過半数を取るのは無理だと言われています。自由党が仮に第一党になったとしても、与党にならない、政権を取らないと予測する人もいます。現在の中道右派の自由民主党等の政党が連立を組み、実質的に彼らを野党に追いやるのではないかという専門家もいます。 フランスでは大統領選挙が4月に行われ、国民戦線のルペン氏が大人気でひょっとしたら大統領になるのではないかと言われていますが、この国民戦線がかつての極右的主張からだんだん現実的な主張に変わってきています。

 ヨーロッパは、ポピュリズムが何かと結びついて大変な事態、惨禍を引き起こしたという歴史の教訓が息づいており、ポピュリズムを飼い慣らす仕組みがあるのではないかというのが実感です。

 皆さんから頂いた受信料で旅をして世界中を巡らせていただいた成果として、取材してきたことを元に私の責任で話をさせて頂きました。