卓話


日本のものづくりで医療機器を世界に届ける
−日本医工ものづくりコモンズが目指す−

2015年9月2日(水)

早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 教授
日本医工ものづくりコモンズ 常任理事 谷下一夫氏


 私は1972年からアメリカのブラウン大学に留学し、当時人工臓器のトップリーダーであるギャレッティ教授の研究室に偶然入る事ができました。そこで医工学の研究に出会い、人工肺の研究で学位を取得させて頂きました。それ以来この分野の魅力にとりつかれ、30年間慶應義塾大学で若い学生諸君と医工学の研究をしてきました。その後、ご縁があり早稲田大学でナノテクノロジーに関してお手伝いをしています。

 アメリカにエリザベス・ホームズという、一滴の血液から約400種類の項目の検査を行うシステムを完成させて、46億ドルを稼いだ31歳の女性がいます。「注射が嫌い」ということから始まり、スタンフォード大学を中退して起業したのです。そのニュースを私は最近CNNで知り、「やられた」と思いました。

 1990年代、日本の工学分野ではマイクロマシンの研究が活発で、研究発表する先生が最後に必ず言われたのが、「血液一滴で検査が出来るようになります」でした。ですから、我が国にはマイクロマシンの技術の蓄積があったのに、彼女に実行されてしまった訳です。日本の優れた技術が患者さんに届いていません。

 日本は、医療機器では輸入超過です。内視鏡やステントなどインターベンションの治療は劇的に医療現場を変えていますが、これらの治療機器は圧倒的な輸入超過です。その理由は簡単で、医療の分野とものづくりの現場が乖離し、医療の現場のニーズがものづくりの現場に伝わっていないために、ものづくり企業の方が「世界一の技術でこれをつくりました」と医師に持っていっても、「そんなの患者さんに使えない」と言われるのです。これをなんとか変えなくてはなりません。

 世界の医療機器企業上位20社中14社が米国企業で、米国は医療産業を成功させた国ですが、成功の共通項は医療ニーズに基づく開発と言われています。

 医療現場で必要としていることをものづくりの現場に情報としてきちんと届けることが大切ですが、日本は縦割り社会で異分野をつなげるのがなかなか難しい国です。慶應義塾大学の元医学部長で国際医療福祉大学学長の北島政樹先生にご相談したところ、学会をベースにしてつなごうと提案していただきました。臨床医学と工学分野の学会をつなぐプラットフォームを作ろうと働きかけると、多くの先生方が二つ返事で賛成して頂きました。

 工学系は日本機械学会をはじめ基盤となるほとんどの学会、医学系は内視鏡外科学会、コンピュータ外科学会、人工臓器学会などで、計16の学会が参加し、「日本医工ものづくりコモンズ」(以下、コモンズ)と名付け、2012年に一般社団法人としてスタートしました。理事長は、北島政樹先生です。

 コモンズの挑戦は、学会による橋渡し、医療機関に基づく橋渡し、地方自治体に基づく橋渡し、製販企業に基づく橋渡しの4つです。

 学会による橋渡しの例では、内視鏡外科学会があります。会員2万人以上の巨大な学会で、2012年に横浜で総会をされた当時の会長松本純夫先生が「医工連携出会いの広場」を会場内に作ってくださいました。首都圏のものづくり企業を招待してブースを設け、ブースの手前には講演会場を設け、そこで医師が医療ニーズを、企業がシーズの発表をすれば、自然と医工のマッチングができるというアイデアでした。これが大成功で盛況な医工連携のイベントになりました。それ以来毎年行って頂いております。今年は12月に大阪の総会で開催する予定です。

 それから、コモンズの重要なイベントとして「医工ものづくりサロン」があります。私達は外科の医師が手術の現場でどのような機器・道具で手術をするのかを知りません。そこで慈恵医科大学教授の森川利昭先生が、教室で沢山の手術機器・器具を見せて頂きました。臨床現場の実学から開発テーマを探ろうとしたのです。同じく、慶應義塾大学病院の看護師と外科医の協力を得て、病棟のニーズ、手術室のニーズを紹介してもらい、参加企業とディスカッションを行いました。討論が予想以上に盛り上がりまして、医療の方々が日頃色々なニーズを抱えておられるけれど、それらを発表する場が無かったという事がよく分かりました。それ以来、盛況なサロンが継続的に開催されています。

 シリコンバレーは現在、医療機器開発の拠点になっており、特にスタンフォード大学ではバイオデザインという医療機器開発のエキスパート育成プログラムを行っています。そこで最も重視されているのがこのブレーンストーミングです。私も4年前に同大学を訪問し、このブレーンストーンミングルームを見せて頂きました。20畳位の部屋で、窓がなくホワイトボードで囲まれており、10名以下のグループで徹底的にディスカッションします。さまざまな玩具を使ってアイデアを出し、新たな課題を見つけます。開発に成功している国ではこうしたことを行っていることがわかり、私たちも、異分野からなる小さなグループによる忌憚のないディスカッションを行うサロンを重要なイベントとして位置づけております。

 次に製販企業による橋渡しです。コモンズの理事である柏野聡彦氏の発案による活動です。東京大学のある本郷地区には約1,000社ほどの製造販売業のライセンスを持つ中小企業があります。それら製販企業は医療現場とのパイプを密に持たれており、そうした企業の情報、ノウハウを生かせば開発プロジェクトの立ち上がりが容易になると予想され、製販企業とものづくり企業や大学・高専などをつなぐ「本郷展示会」を行っています。本郷地区の会場で全国のものづくり企業に技術シーズの展示をして頂き、そこに本郷の製販企業が来られて商談会をします。月に2回位の頻度で開催されていますが、今や本郷展示会は全国に知られるようになりました。

 次に、医療機関による橋渡しです。海外・国内の臨床現場のニーズが豊富に蓄積されている国立国際医療研究センターとコモンズが協定を締結し、研究開発交流を行っています。「MINC(ミンク)の会」といいい、月1回の頻度で、製販企業、ものづくり企業、そして経産省関東経済産業局が参加して、討論を行っています。討論から出てくるアイデアには、知財性があり得ますから、必ず参加者全員が守秘契約にサインをして頂いています。既に4、5件の開発テーマが立ち上がりました。レベルの高い開発課題が出ており、なんとかMINCの会から成功例が出る事を願っています。嬉しい事に、本郷展示会もMINCの会も、メデイアに取り上げて頂けるようになりまして、次第に広く知られるようになりました。

 それから、もう一つ紹介したいのが自治体による橋渡しです。東京都が7月末に東京都医工連携HUB機構を立ち上げました。東京都が医工連携に取り組み事で、将来の医療機器開発を多いに加速するであろうと期待されます。都内のものづくり企業と都内の医療機関のニーズを結びつける場を作り、新しい開発を立ち上げて行く事が計画されています。

 神戸には先端医療の臨床と研究の拠点があり、関西地区の研究者が集積され新たな研究開発や臨床研究が進んでいます。私はそうした拠点が首都圏にあってもいいのではないかと思っています。首都圏には多くの優れた医療機関、大学や研究機関がありますので、そうした力が集約されることによって首都圏に神戸につぐ先端医療の拠点が出来ても不思議はありません。今の動きが拠点形成に繋がる可能性もあり、わくわくしております。

 例えば、川崎市と横浜市による「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」があり、今紹介した東京都の動きがあります。そして、埼玉県が「さいたま医療ものづくりイノベーション」を昨年スタートさせ、コモンズも協力しています。それから、多摩地区にも技術シーズ、レベルの高い企業が集まっています。また、成田空港がある成田地区は国家戦略特区になっており、ここに新しい医学部ができそうな雰囲気です。川崎市は既に羽田空港の多摩川対岸の川崎区殿町地区に医療とライフサイエンスの拠点を造る「殿町国際戦略拠点キングスカイフロント」を進めており、大手企業や研究所の進出が始まっています。

 日本の医療機器の輸入超過状況ですが、そろそろ変わってくるのではないでしょうか。シリコンバレーの近くに、フォガティ博士が創った医療機器研究所があります。博士は循環器の臨床医で、天才的発明家でありご自身もベンチャーを起業しているスーパーマンですが、エルカミノ病院内に医療とものづくりの現場を融合させる研究所を立ち上げられました。病院の医療ニーズをものづくりに迅速につなげる事が出来る研究所で、既に多くのベンチャー企業が立ち上がっています。

 日本でもその動きがあります。九州の飯塚病院です。柔軟な発想で運営しており、「患者第一」をモットーにした病院で、患者さんが待つことなく診察等を受けられる仕組みを実現され、患者さんに優しい雰囲気の素晴らしい病院です。この病院がフォガティ博士の研究所と提携して、病院内に工房を設置しました。九州工業大学、市内のものづくり企業の人達が自由に出入りして新たな開発拠点にしようとされています。

 今年4月に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が設立され、日本における医療開発の支援を中心的に行っていくことになりました。こうした動きが日本で起きていますので、日本のものづくり技術による優れた医療機器を患者さんに届ける日が近い事を願っております。

是非ともロータリークラブの皆様のご支援を何卒宜しくお願い申し上げます。