卓話


職業奉仕月間例会
行動で示す経営理念

2017年1月18日(水)

中島経営法律事務所(NTLO)
弁護士 中島 茂氏


 経営理念とは、企業が目指す方向を端的に言葉で示したものです。「私たちは、お客様の満足を第一とし、従業員に働きがいのある職場を提供し、社会の発展に貢献することを目指して活動します」。いろいろな企業の経営理念、企業行動指針を参考に私が書いてみたもので、これが経営理念です。

 経営理念はなぜ必要なのか。一つは社内外に対する必要性です。社内に対して自分達が目指すものを明確に示して、社内全員の心を一つにして団結力を生み出し、「企業力」を向上させていく。社外に対して企業が目指している方向を明示すれば、やがて「社会の信頼」を獲得していきます。

 もう一つは、2015年6月から証券取引所でコーポレートガバナンス・コードが適用されたからです。これは上場企業が守らなければならないルールで、「上場会社は活動の基礎となる経営理念を策定すべきである」「上場会社は会社の目指すところ(経営理念等)について開示し、主体的な情報発信を行うべきである」と定めています。

 では経営理念とはどのようなものか。私は「価値観」だと思います。最近、ある電機会社の会計問題が社会問題にまでなりました。2014年3月期までの3年間で500億円に上る利益をかさ上げしていたことを発表しました。マスコミは、「電機会社、『利益至上』の果て」「予算未達、会議で追及」と批判しています。これに対して、私は非常に疑問を持ちました。株式会社は、株主から資金を集めて事業を展開し、収益を上げて、それを配当するシステムです。企業経営者が収益を追求しなかったら、それは株主に対する「債務不履行」なのですから、企業が利益を追求することは問題なのでしょうか。

 大切なことは、収益事業を通じてどのような「価値」の実現を目指すかです。何を目指すのか、2つの羅針盤があります。

 1つは「コンプライアンス」です。日本では、「法令順守」と訳されています。2013年2月に長崎県のある施設で火災が発生し、4人の犠牲者が出ました。スプリンクラーがなく被害が広がりました。消防法では275岼幣紊了楡澆砲弔い討魯好廛螢鵐ラー設置義務がありますが、この施設は270屬任靴拭設置しなくても違法ではない。施設の代表者は「大工事になるというためらいがあって、工事をしなかった」と言っています。これに対して自治体は補助金でスプリンクラーを設置するよう再三求めていた。にもかかわらず、でした。「コンプライアンス=法令順守」と理解してしまうと悲しい結論になります。 翻って、「コンプライアンス」の英語の本当の意味を調べると、「人の願いなどをすぐ受け入れること。親切」です。辞書の例文には、Comply with another's wish.(他の人々の願いに応えよう)とあります。先ほどの施設の火事でも、法律的な義務はなくとも利用者が危ないなと思ったら、設置するのがあるべき道ではないか。法令順守を超えるものがコンプライアンスだと私は考えています。

 重要なのは、コンプライアンスに迷う時の判断基準は「自分」だということです。自分がその立場で言われたらどう思うか。考えてみれば答えは簡単に出てくるはずです。新約聖書マタイ伝の「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい」、論語の「己の欲せざる所は人に施す事なかれ」という言葉があります。これが倫理を考える時の重要なポイントです。

 もう一つの羅針盤はCSR(Corporate Social Responsibility)で、日本では「企業の社会的責任」とされています。このResponsibilityは、Responseから来ており、「応答、返答」の意味です。これも辞書には、「(キリスト教)司祭者の問いかけに答えて聖歌隊または会衆が唱える応答歌」とあります。企業で考えると、CSRとは社会の期待に応えることです。「応えている」がResponseで、これにableが付いていますから、「いつでも自信をもって応えられること」がresponsibilityです。社会、従業員、お客様・消費者の期待に応えられることは非常に深い満足がある。ここがCSRだと思います。CSRを審判するのは社会です。期待に応えられないと、「商品買わない、株買わない」という、ボイコットや株価の暴落につながります。

 第3に申し上げたいのは、「経営理念は実際の行動で示すべきである」。いかにいい経営理念を持って社内一丸となってそれを信じたとしても、言行が一致しなければいけません。行動に移され、そして、社会の人に何らかの形で伝えられなければ意味がありません。報道を通じて経営理念を示すことが重要です。

 私の37年の企業弁護士の体験から、「お客様第一」の理念と行動についてお話しします。スターウォーズのファンなので、事例をエピソードと言います。

 エピソード1:「お部屋のカーテンは何色にしますか?」と聞く病院
 この病院の経営理念は、「自分の親を安心して預けられる施設の実現」です。創設者の前院長先生は、母親を入院させるために理想にあう病院がないので、自分で作ったのです。理想の病院とは、患者にとって居心地が良く、家族にとっても安心できる場所。この病院では、カーテンの色や夕食の時間まで患者さんの気持ちになって聞き、個別に応えます。茶室、バー、見舞いに来た家族用の宿泊施設もあります。もっと驚いたのは職員の評価基準で、「患者様に献身的に奉仕しているか」です。

 エピソード2:理想の味でない商品は回収する!
 この会社の経営理念は「お客様に最高品質の商品・サービスをお届けし……」です。製造工程の微妙な違いで本来の味とは異なる商品(食品)ができた時、回収すべきか否か社内の意見は二つに分かれました。「変わった味だから回収しよう」との意見と、「食品衛生法には抵触しない。回収は株主の期待に反する無用なコストで、資源の無駄遣い」という回収反対論でした。経営トップの最終決定は、「わが社のブランドを信じて、味を好んで買ってくれるお客様を裏切ってはいけない。商品を回収する」でした。

 エピソード3:「社告のリスクの部分は太字で表示してください」
 この会社の経営理念は「お客様の願いに応える」です。ある時、商品に不具合が出て、突起物に気づかすに使うと場合によっては指をケガするおそれがあり、リコールすることになりました。新聞に社告を出すことになり、その原稿を作っていたところ、社長から「リスクの部分は太字で目立つようにして下さい」と言われ、「突起物が出ているので、使い方によっては指を切る可能性があります」という部分を太字にしました。PL法施行以前は、「不具合品の社告は掲載しますが、なるべく目立たないように」と経営者が言う時代がありましたから、隔世の感がありました。

 エピソード4:「徹底して筋を通して戦ってください」とニッコリ
 企業に言い寄る反社会的勢力と戦うのが企業弁護士の基本的な仕事です。日本経団連が1996年に改定した「企業行動憲章」に「反社会的勢力および団体とは断固として対決し、関係遮断を徹底する(7条)」があります。私はこの作成に携わり、これによって、日本の企業全体が反社会的勢力とは決別することを掲げました。

 あるベンチャー企業に金融機関が融資し、弁済できなかったため担保実行で特許を金融機関の権利に移しました。そうしたら、そのベンチャー企業は暴力団のところに駆け込んだ。暴力団は、「説明責任も果たさずに担保を不当取得、資産を不当に奪った」と、本社や法律事務所に街宣車でやって来て、社長の自宅にも押しかけるなど攻勢をかけてきました。担当者が集まって相談した時、社長は「一歩も妥協はしません。徹底して筋を通して法的に戦って下さい」とニッコリされた。この時、総務担当者や私ども弁護士も、全員が奮い立ちました。最終的にこの仕掛けてきた人達は逮捕されて懲役刑を受けることになりました。

 エピソード5:最後までひな壇に上がらなかった創業社長
 株主重視経営の理念と行動について触れておきます。1990年代、総会屋が沢山いて、株主総会には警察官に臨場を要請し、議長席を防弾ガラスで囲む会社もありました。ある会社の株主総会に総会屋の多数出席が予測される状況だったため、私はリスク回避のために役員前のテーブル列とひな壇の設置を要望しました。ところが、「ひな壇から株主を見下ろすことはできない」と社長は言いました。「創業当時にパートで働いてくれた方々が株主になって、『社長がんばれ』と前の席に来てくれている。その人たちを見下ろすなんて絶対にできない」と。それが株主に対する基本的な姿勢なのだと感動しました。

 最後に一点だけ申し上げたいのは、「若い人々の希望を大切に育てる」ことです。ロータリアン行動規範の第3条にある「自分の職業スキルを生かして、若い人びとを導き……」は素晴らしい言葉です。

 経済広報センターが毎年行うアンケートに「企業を信用しますか」というものがあります。2015年度版「第19回 生活者の“企業観”に関する調査報告書」によると、企業全体を「信頼できる」が、2014年度43%でした。その後、データ改ざんなどの事件があり、2015年度は37%しかいない状態です。

 しかし、希望はあります。同調査で29歳以下の若い人々は「信頼できる」が47%です。この信頼を裏切ってはいけません。そうした使命は、日本の経済、社会を引っ張っている、ここにいらっしゃる皆さんに課せられています。若い人の信頼を裏切らないように、夢を実現できる社会を実現するように、経営理念を実践で示し、社会を導いていってほしい。是非、「若い人々を導き」を実践していっていただきたいと心から願っています。