卓話


中国の対外政策の変容と習近平体制

2016年10月5日(水)

東京大学大学院総合文化研究科
教授 川島 真氏


 最近の南シナ海をめぐる問題で、常設仲裁裁判所の採決が出ました。その前にはアメリカのイージス艦が南シナ海を航行していました。採決は中国に不利なもので、中国が主張していた「九段線」は基本的にすべて否定されました。ところが中国はこれを受け入れず、G20の場でも安倍総理等に対して領土問題等を取り上げないよう要請しました。米中間でも2回の首脳会談があり、1日目は、オバマ大統領と習近平主席はパリ協定を結びにっこりと笑って見せましたが、2日目は両者が厳しい顔で対峙し南シナ海問題を議論しました。このG20の様子は昨今の中国の対外政策を象徴的に示す場面でした。

 中国の対外政策は習近平体制に入って大きく変容し、中国に対する見方も変わってきています。同時に、日本で言われている程、中国は孤立していません。

 習近平体制に対する世界のアカデミックな評価の変遷をお話しします。日本の学界は中国社会を見るのが十八番で、見方も厳しく、普通に中国の方と接していれば、習近平体制は評判が悪いため、政権の厳しさにすぐ気づきます。反腐敗防止運動、言論統制は大変なものがあり、メディアや大学等への締め付けが強化されています。

 アメリカの学界は、中国の共産党政権は、中国社会が変化し経済発展する中で新しい政策を取りながら変化に対応していったことを、「アメーバのようであり、柔軟さと強靱さを持っている」と2014年までは高く評価していました。2015年、それが変わります。2015年3月6日に、ウォールストリートジャーナルにデビッド・シャンボー教授による習近平政権を強く批判する記事が掲載されました。先ほどの柔軟さ、強靱さ、あるいは社会との対話が失われているのではないかという内容です。

 習近平主席は、自分に権力の集中化をしている。李克強首相の力、政府、国務院が持っていた権力を奪って共産党に持ってきている。実際に今、習近平の周りに領導小組を設け、政治、安保、経済などの問題を小さい委員会で処理する形を取っています。しかし、世界第二位の経済規模になり、人口が13億人もいる国ですから、それだけの案件を習近平とその周囲だけで処理できるはずがありません。

 同時に2008年のリーマンショック以降、中国は日本円で60兆円に及ぶ経済対策をした結果、資金が余り、過剰投資によって鉄鋼等で過剰生産物が生まれ、今回G20の主題になりました。また、中国経済は彼らの言う「新常態(ニューノーマル)」に入り、経済成長率目標が5〜6%に落ち込むという大問題があります。

 さらに人口問題です。特殊合計出生率を見ると、日本は1.34人(2013年)で高齢化が進んでいますが、中国沿岸部においては1.5あるいは2.0人程度と言われ、急速に高齢化が進もうとしています。かつ、社会保障制度も完全ではありません。

 そうした問題を内側に抱え、柔軟さや強靱さの限界が来た。多様化してきた社会で権力を集中しすぎて裁ききれなくなったため、硬い政策に転換したというのが最近アメリカの学界の見方です。

 こうした動きは中国社会全体に硬直化を生んでいます。今年3月、李克強首相は全人代で、官僚の「不作為(サボタージュ)」について怒りました。汚職・腐敗摘発や粛清を恐れて、政府の命令があっても遂行しない、あるいはやったふりをする現象が蔓延しているためです。

 内政が硬くなると、外交面でも柔軟なことができなくなります。
 中国の外交は、いくつかの点にまとめられます。まず、「発展途上大国」の立場です。現在、世界第二位の経済大国で一人当たりGDPは8000ドルに達しています。明らかに中進国に当たるのですが、発展途上国であると言い切り、発展途上大国という言葉を作りました。先進国的負担は負わない、G7にもOECDにも入らない、あくまでも発展途上国側に身を置いて国際社会に関与するという基本姿勢です。

 第二に、社会主義国であることを崩しません。政治は社会主義で、経済も社会主義的側面が強く、基本的なインフラ、エネルギー、鉄鋼などの主要産業はほとんどが国有企業によって担われており、民間企業は製造業の一部に限定されます。社会主義同士の関係も重視し、社会主義国家体制を維持することが対外姿勢にも出てきます。

 三つ目、領土問題に絡む被害者意識です。中国は近代以来、領土や権力を奪われてきたという意識を持っています。南シナ海の島々も尖閣諸島の問題も、彼らの中ではすべてここに関連づけられます。尖閣諸島も日本によって奪われたものを奪い返すという論理で、侵略ではない。これが対外政策の大きな正義であり、これほど強い国が被害者意識を持っていると周りの国にとって問題になります。

 さらに、同盟国の不在です。中国が同盟国を持ったのは1940年からの中ソ同盟だけでした。中国がこれからアジアや世界で躍進するためには同盟国が必要だろうと言われています。

 そして、国家主権重視はいうまでもありません。  習近平政権になり、どのように対外政策が変わってきたか。「韜光養晦(とうこうようかい)」は、天安門事件後の西側制裁下で小平が作った言葉とされ、自らの姿勢を低く保って慎重な対外関係をして成果を得るという姿勢を示すものです。「国際協調を中心とする経済重視の外交」を意味しました。この政策が1990年代後半から21世紀前半まで続き、2002年には南シナ海行動宣言をし、南シナ海の島々の主権問題を棚上げしASEANとの経済関係を優先しました。ピークは、2005年の胡錦涛主席の国連での「和諧外交(協調的な世界を作る)」という演説でした。

 ところが2006〜7年になると、2008年北京オリンピック、2009年建国60周年、2010年の上海万博が視野に入り、日本経済を抜くことも明確になります。「韜光養晦は止めていいんじゃないか。世界第二位の国力に見合った外交を行い、被害者であった苦労の代償がほしい」という議論が国内保守派から巻き起こります。2008年にかけ、従来の経済重視で主権や安全保障の問題を横に置いてでも経済発展を優先させるべきというグループと、経済よりも自分のやるべきこと、やりたいことをやるべきだというグループが争い、その中で日本を経済パートナーとして優先すべきか、領土問題と歴史問題でいくべきかが一つのポイントになったはずです。

 中国外交は2009年以降、保守派に舵を切り、主権や安全保障重視に転換します。国内要因のみならず、2008年のリーマンショックによりアメリカの覇権が衰える判断をしたと思われます。胡錦涛政権は最後まで韜光養晦を堅持しましたが、2012年の習近平政権成立以降、韜光養晦という言葉は一度も使われていません。

 もう一つ大きな変化は、アジアという空間において自らの外交を行う姿勢を明確に示してきたことです。グローバルな空間、世界全体においてアメリカの覇権に対抗する、中国型の国際秩序を作るとは言っていませんが、アジアという場、東ユーラシアという場では主導権を握る外交をしたいと言い出したのです。この点が胡錦涛と決定的な違いです。アジアの安全保障はアジアの国だけでやる、アメリカはいらない。そして、中国がアジアで主導性を持つという「アジア新安全保障観」です。中国は周辺地域における協調外交については、経済、金融問題でのみにし、主権や安全保障は二国間関係で行うと言い出しました。逆の政経分離に転換したのです。

 国際秩序に対しても明確な姿勢を示しています。以前から、中国は国際秩序に対し正面からの挑戦者にはなりません。基本的に自らが優位な態勢にあるところでは保守側に回り、問題があると思った場合には発展途上国の代表という顔をしてルールの修正を図ります。そして、中国に不利であれば、そこに加わらない、あるいは反対する姿勢を取ります。空間的な理解としては、自分の周りでは自由にし、グローバルな空間では協調するという腑分けをしています。

 こうした中国と日本はどう対峙するか。日本は中国と安全保障の問題を抱えながら経済では極めて緊密な関係を持っています。G7の多くの国は中国と主権問題がないため、中国に協力的な姿勢が見られます。アメリカは日本を理解しているかもしれませんが、南シナ海の問題において対峙することが多く、そうした意味で日本の立場はなかなか厳しい上、東南アジアの国々は日本をわかってくれるはずだと思いながらも、中国と問題を抱える国の多くは小さく、中国と対峙する力を持っていません。そのため、日本はG7でも東アジアでもやや特殊な存在になる時があり、相当説明が必要です。

 そうした中で、参考にすべきは米中関係です。この二国関係は決して一辺倒ではありません。イージス艦を南シナ海に派遣しながら、同時に上海に別の船を派遣して米中で合同軍事演習を行います。戦略対話を年に一回開き、経済、金融だけではなく、文化、社会、人文研究にいたるまで包括的な協力パッケージを持ち、留学生の交流も活発です。そうした二国間の幅の広い各分野の交流は日米、日中よりも分厚いのです。日本はできるだけそうした分厚い関係を中国と持っていくしかもうないと思います。もちろん領土問題では譲歩しなくていい。

 もう一つは、日本の対中感情です。昨今の言論NPOの調査によると、日本人の9割が「中国に親しみを持っていない」というデータが出ました。中国は最近少し減って70数%ですが、私が重視したいのは日中双方の7割が「日中関係を重要だ」と言っている点です。好感はないけれども、相手との関係は重要である。双方がそう思っているうちに相手を実態としてきちんと理解する。そうした関係を国民レベルで築いていければと思います。


     ※2016年10月5日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。