卓話


イニシエーションスピーチ

2008年2月27日(水)の例会の卓話です。

奥山章雄君 
淺川誠一郎君

会計基準の国際的統合化について

公認会計士
奥山章雄君

 現在、資本市場に通ずる連結会計基準を独自に作成している組織は世界的にみて、実質三つしかありません。一つ目はロンドンにある国際会計基準審議会略称IASBであり、二つ目は米国の財務会計基準審議会略称FASBであり、三つは日本の会計基準委員会略称ASBJであります。

 IASBで審議作成している基準が通称IFRSと呼ばれる国際会計基準であります。この国際会計基準を自国の基準として採用するところが急速に増加しておりまして、既にEUでは2005年にEU域内の規制市場に上場するEU域内の企業に対しては国際会計基準に基づく財務報告が義務付けられています。

 その後、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、シンガポール、韓国等、多くの国で採用することが決定してきております。従って主要な市場を持っている国で独自の会計基準を採用しているのは日本と米国ということになります。

 資本市場最大国の米国は、従来米国以外の基準は受け付けないという方針でしたが、2002年にFASBとIASBは協議の結果、コンバージェンスすることで合意しました。このコンバージェンスに向けてのFASBとIASBの審議は順調に進められています。

 この状況を受けて米国のSECも米国市場に登録する外国会社が財務諸表を国際基準で作成することを認めることになりました。将来、全ての基準がFASBとIASBにおいて同一となる可能性もあります。米国においてどのような対応がされていくかは注目されるところです。

 日本も当然の事ながら無関係でいるわけにはいかず、ASBJとIASBは2005年にコンバージェンスについて基本的に合意し、2007年8月には具体的な審議目標について合意しました。

 現在、鋭意審議が進められています。2011年6月末までに差異がある基準について調整することになっています。このように進めば一見、大変格好良いことのようですが、具体的に検討されている内容を見ると多くの問題があります。

 具体的な問題点を二つ申し上げます。その一つは企業結合会計基準であります。相手の時価純資産以上の金額で買収した時にはのれんが発生します。日本基準ではのれんは一定額を毎期償却して費用計上していきますが、国際基準では償却は認めず、減損すべき状況になった時に減損するという処理です。この会計処理の違いは当期利益に与える影響が大きく、従ってM&Aの意思決定に与える影響も大きいと思います。それぞれの会計基準には相応の理論の裏付けがあるだけにコンバージェンスはなかなか大変だと思います。

 二つ目の問題点をあげます。「業績報告」です。従来の日本基準では、収益―費用=利益とみて、その一期間で挙げた利益を当期純利益として、企業の業績を評価しています。

 国際基準では、企業業績を「包括利益」で見ようという考え方にたっています。資産、負債を前期末と当期末に時価評価してその二期間の評価差額を織り込んだ利益を言いますので、日本基準の当期純利益以外に各資産、負債の前期末との時価評価差額が当期の利益に含まれます。含まれますというよりは、むしろ当期の業績を損益計算中心ではなく、バランスシートの資産、負債基準に基づいて考えると言った方が良いかもしれません。コンバージェンスの結果として現在ある損益計算書の最終尻である当期純利益は消えることになります。

 会計基準の国際的統合化の問題は、ある意味で時間の問題と言えましょう。しかし、全てを無批判に受け入れたならば、日本の企業に多大な悪影響を招く危険性もあります。日本の会計基準設定主体である企業会計基準委員会及びその関係者のみならず、多くの企業経営者が当事者意識でこの問題に対応することが必要ではないかと思います。

試薬について

東京化成工業(株)
常務取締役 
浅川誠一郎君 
 
  
 私の勤務しております東京化成工業(株)は、主に試薬と呼ばれる理化学研究用の化学薬品を製造・販売しておりまして、本日はその試薬のお話をさせて頂こうと思います。

 日常生活の中であまり馴染みのないこの試薬というものは、法律的には非常に難しく定義されておりますが、簡単に申し上げると大学の研究室の実験台の上に並んでいる薬品をイメージして頂ければよいかと思います。英語ではReagent ChemicalsやLaboratory Chemicalsと呼ばれ、試薬の歴史は化学の歴史と共に古いものでございます。

 中世ヨーロッパにおいて金を他の物質から作ろうとする錬金術が盛んになり、様々なものを混ぜたり加熱することが試みられ、結局、金は得られませんでしたが、副生物として硫酸や塩酸など、現在の化学薬品の発見が多くなされ、その成果が今日の化学に引き継がれております。このように化学は、自然界に多く存在しないもの、もしくは全く存在しないものを人工的に作り出す、または類似したもので世の中の需要を補うといった目的で始まった学問であります。

 今日、試薬は医薬品の開発から薄型テレビなどの開発まで幅広い分野において大学や企業の研究者によって使用され、現代の研究開発には無くてはならないものとなっております。市販されている試薬のほとんどは、グラムやミリグラム、多くても数リットル単位で流通されておりますが、中には例え少量でも毒性の強いもの、空気に触れたり時には光を当てただけで引火したり破裂したりするものもあり、取り扱いには慎重な対応が必要とされます。

 昼夜を問わず研究者の方々は、ひらめいた時に試薬を必要とします。競争の厳しい企業の新製品開発の分野では、特許申請が競合より1分遅れただけでも、大きなダメージとなる事もあり、試薬に求められる要素としては納入時間が何よりも重要視されております。しかし、様々な試薬を数多くそろえ、品質を維持し、オーダーから数時間以内に研究者の方々の基にお届けするというのは、多大な労力と費用を要しますゆえに、どうしても試薬というものは高価になってしまいます。

 また、納入時間と同じくらい重要なのは品揃えです。難病の治療薬と同じく、多額の開発費をかけても、その化学薬品を必要とする人の数は少なく、全くコストに合わないものがたくさんあります。しかし、難病を抱えた患者が新薬の開発を今か今かと待っているように、その開発にあたる研究者にとっては、実験材料となる試薬は非常に重要なものであり、その研究によって、人々の暮らしを良くする発見がされるかもしれないのです。

 そして、誰かがその試薬を供給しなければいけないのです。公的な助成金などで、難病の薬は開発コストを多少抑える事ができますが、試薬においてはほとんどの場合、他の商品から得る利益の中で工面しなければならず、多くの品揃えをする事が必要であり、その負担は非常に大きいものとなります。日本試薬協会では各社がその負担を共有する意味でも同一製品の価格競争よりも、より多くの新製品の品揃えを呼びかけております。

 このように試薬というものは、研究開発の分野において非常に重要な役割をしているのですが、まれに悪用されてしまう事もあります。皆さんの記憶にまだ新しい「サリン事件」では、残念な事に試薬が犯罪目的に使用されました。本来は遺伝子の研究に大変重要な試薬などが、化学兵器を作り出す為の原料として使用され、最初に松本で事件が発生した当時は、すぐに犯人が特定されなかった為に、試薬業者にも共犯者としての容疑がかけられ、真犯人が出てくるまでは大変な目に合いました。しかし、サリンに関する情報提供や原料の販路調査などに業界全体で協力し、警察が事件を解決する事に繋がりました。結果的には所轄警察より感謝状まで頂きましたが、この事件を境に試薬の流通においてのセキュリティー管理体制がより一層強化されたのは言うまでもありません。

 そして、その数年後に米国で起きた同時多発テロによって、化学兵器原料だけでなく化学品すべての流通管理面の体制強化が呼びかけられており、今日もその対応に取組みながら試薬業に携わる者として、社会的な責任の重さを感じております。