卓話


健康長寿社会のための正しい食事

2012年11月28日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本栄養士会 名誉会長
神奈川県立保健福祉大学 学長
中村丁次 氏

 私は医学部で栄養学を勉強しました。約40年前のことです。若い頃の私は,予防医学に興味をもちました。医師が患者さんを治療するのはすばらしいことです。もっとすばらしいのは,病気にならないような仕組みを作ることだと考えました。

 ネズミを100匹ぐらい飼って,ビタミンを欠乏させたり,いろいろな実験をしていました。その後,予防医学の研究が進んで,科学的なエビデンスも揃ってきました。私たちが健康で長生きするにはいろいろな要因がありますが,一方で,ストレス,運動不足,喫煙などのマイナスの要因もあります。

 しかし,少し考えてみてください。私たちは,毎日2キロの食物を体内に入れます。これを365日繰り返します。100歳まで生きようとすると,数トンの食物を体内に入れることになります。

 私は,食べ物ほど人の体に影響を与える要因は他にないと思っておりました。予想したとおり,がん,糖尿病,心臓病,脳卒中などが発症する要因を調べている研究によると,最終的にはほとんどが食習慣に辿り着きます。

 そこで今日は皆さん方に,これは信用できるという食習慣の話をいたします。

 本題に入る前に,一つ二つ別な話をします。

 人々は,お金がたまり,地位が高くなり,権力が手に入ると,不老長寿食品を求めます。ところが,現代の医学や栄養学では,これを食べれば必ず不老長寿になるという食品は見つかっていません。

 特定の食品はありませんが,正しい食事というのはあります。しかし,永遠に生きることを保証するものではありません。人の寿命は120歳ぐらいだろうといわれています。長寿を決定する遺伝子が見つかっています。人は120歳ぐらいまでの片道切符を持っていると考えればいいと思います。突然変異で長生きする人がいるかもしれませんが…。

 もう一つ残念なことは,人間は他の動物に比べて,栄養学的に進化した動物ではないということです。例えば,ビタミンCを体内で合成できない動物は,人間とサルとモルモットだけです。他の動物はビタミンCを体内で作ります。ですから,犬や猫は野菜を食べなくても平気です。さらに,パンダは笹の葉だけで生きています。コアラはユーカリの葉だけで生きています。牛は草を食べてあんなに立派な肉を身につけます。

 人間はなぜあれもこれも食べないといけないのか。それは,私たちの健康を完全に保証してくれる完全栄養食品に巡り会えていないからです。そこを研究したのが栄養学です。栄養学は人間に必要な栄養素を一つずつ見つけていきました。現在,45種類から50種類くらいの栄養素があります。ビタミンとミネラルが15種類ずつぐらいと,これに必須アミノ酸と必須脂肪酸とブドウ糖を加えれば人間は生きていけます。

 アポロ計画のときに,3人のパイロットが,2週間で月に行って帰ってきました。この時,NASAは完全栄養食品を作ろうとしました。排泄物を全く出さないで,全部が栄養素になる食品を作るのが目的でした。その目的にかなう栄養食品ができて,アメリカはこれぞ栄養学の勝利だと,研究の成果の正当性を主張しました。

 しかし,この宇宙食の研究はストップしました。宇宙飛行士が,練りハミガキのチューブのような食事を続けたら,食べることがストレスになって,作業に悪影響が出るという結論が出たのです。そこで,チューブのような人工食品の研究を断念したのです。

 現在のスペースシャトルには,普通の機内食のような食事が出されています。

 つまり,おいしく食べる,楽しく食べるということも,食事の必須条件なのです。サプリメントだけでは生きていけないということも頭に入れておいてほしいと思います。
 そこで「健康長寿のための生活習慣8項目」についてお話しします。

1)タバコを止めること。これは説明不要です。山のようなエビデンスがあります。

2)標準的な体重を維持すること。標準体重は(身長m×身長m×22)の式で計算します。この数値がベスト体重です。身長が1.7メートルの人のベスト体重は(1.7m×1.7m×22=63.58kg)です。この値が絶対というわけではなく,±10%が目安です。±20%までは許容できるとしていますが,それ以上はよくありません。

 最近は,脂肪肝が問題になっています。数年前に問題になったメタボは,腹の周りの脂肪ですが,肝臓に溜まっている脂肪もリスクになるといわれています。

3)肉の脂身や卵黄,魚の卵などの摂取量を抑えて,魚介類,大豆製品,乳製品を適度に取る。青みの魚にあるn-3系という脂肪がよいのです。かつて「動物性の油は悪いが植物性の油はよい」という説が流布されましたが,植物性の油はn-6系という油です。沢山摂るとよいコレステロールの値を下げてしまったり,発がん性を誘発したりすることも分かってきたので,適量に食べることです。オリーブ油の油は他の脂肪酸なので例外だそうです。

 大豆製品に含まれているイソフラボンは女性の更年期障害に効果的です。がんや動脈硬化にも効果があることが分かってきました。

 豆腐や納豆,特に高野豆腐はしっかりと食べたい食品です。乳製品では,一日にコップ一杯の牛乳を飲むのがよいと思います。

 人間はいろいろなものを食べないと必要な栄養素を吸収できない動物です。だから,人間は雑食性という選択をしました。これは他の動物と違うところです。人間は,どういう食品を摂らねばならないかと考えながら食べるという宿命を背負うことにもなりました。

 したがって,バランスが崩れて栄養欠乏症になることを何回も体験しました。日本では,日露戦争の時に,白米を常食した陸軍の兵士が「脚気」に苦しめられた話が有名です。

4)野菜,果物,未精製穀物,海藻の摂取量を増やす。未精製穀物とは,玄米までいかないまでも,精製度の低いご飯です。野菜と果物と食物繊維の多い食品には,がん予防効果があることを大方の学者は認めています。

 野菜の中でもタマネギにあるケルセチン,大豆にあるイソフラボン,ミカンに含まれているアルファクリプトキサン,なども有力な存在です。

 ほうれん草にあるルテインは加齢性の眼球黄斑変性を防ぐ効果があることが分かりました。緑茶にはカテキンが含まれていますが,お茶は免疫機能を維持する働きがあることが分かりました。毎日お茶を飲んでいるお年寄りは風邪に強いということです。コーヒーの成分に糖尿病の予防効果があるというエビデンスも出始めています。砂糖とかミルクではなく,コーヒー豆そのものに予防効果があると考えられています。

5)塩分を控えること。人間は,生理的には食塩は1グラム程度しか必要ありません。塩分の摂取量を1日に6グラム以内に抑えておけば,高血圧が発症することを予防できます。世界で最も食塩の摂取量が少ないといわれている南米のヤノマミ族の人たちは,食塩の存在そのものを知りません。この部族は自然界に存在する食塩を摂取しているのですが,年をとっても血圧が上がるという現象が見られないのです。

 太っていて血圧が高い人は,塩分を減らす前に体重を下げることが先です。

6)アルコールの過剰摂取を控えること。説明は不要です。適量を楽しんでください。

7)規則正しく,おいしく,楽しく食べる。

 人間は,「おいしい」と感じている間に,脳から消化管に消化吸収の準備の指令が出ます。食べ物を味わわないでいきなり飲み込んだら,消化吸収の準備がないまま,食べ物が胃袋に入ってしまいます。しっかり,おいしく味わって,時間を掛けて楽しく食べてください。おいしい物を楽しい人と一緒に食べると幸福感が得られます。

 最近の研究によると,大脳の中で,おいしさを感じる中枢と幸福感を感じる中枢は近いところにあるそうです。

8)運動を十分行うこと。適度の運動です。

 以上,8項目の生活習慣の改善についてお話ししました。お話ししたことの中で,ご自分で欠落していると感じられた項目があれば改善してくださればいいと思います。

 最後になりますが,皆さんは,いつ体重を計りますか。寝る前や入浴後に計るのは,ほとんど意味がありません。体重は,朝起きた時,朝食前に計るのがよいのです。もし昨日より減っている時はしっかり食事を取ってください。昨日より増えていれば,食事は少し控えましょう。これを習慣として継続することが大事です。