卓話


ロータリー理解推進月間 教育の入口と出口

2009年1月14日(水)の例会の卓話です。

副会長
日本アイ・ビー・エム(株)
相談役 椎名武雄君 

 教育は身近で重要な問題です。幸い,最近は政府も力を入れて,中教審その他の議論も進み多くの改革が試みられておりますが、今からおよそ30年前、ニューヨークに行くのに直行便のない頃、たまたま,ある政治家と隣り合わせの席になりました。話題が教育論になり,約20時間の間,一睡もしないで議論したことがありました。お互いに十分に意見を交わしましたが,私が最後に,「先生,政治家はどうして教育に熱心になってくれないのですか」と尋ねましたら,「分かっているが,なかなか票に結びつかないんでね…」という答えでした。これが当時の現実でした。

 その頃,私はひとかどの企業戦士として日夜頑張っておりました。小学生と中学生の3人の子供がおりましたが,子供の教育には全く関与しないという有り様でした。

 ある時,いちばん下の小学生の子が「今週の日曜日はPTAの総会があるから来てよ」「パパが一度も出席していないのは,うちだけよ」と言われて,これは大変だとばかりに,初めて小学校のPTA総会に出向きました。

 当日のお話はドイツ人神父さまでしたが,そのお話を聞いていて,「教育というのは親に最大の責任がある」ということを痛感いたしました。ただその後もあまり変わらない企業戦士でございました。

 しかし,16年前に社長を退任し会長に就任した後,NPOジュニア・アチーブメントのお手伝いを始めました。この団体は90年前にアメリカで作られた経済教育NPOです。企業がメンバーとなり、90数カ国で600万人の学生をサポートしています。我が国では14年前から活動しています。

 このNPOとご縁ができるまでは、教育は学校,教育委員会,文部省など専門家のやるものであって,我々は関係ないと思っていましたが,実は,学校に送る前の入り口では家庭・親・周囲の大人たちがかかわりあうことができるもので、しかも責任は重いのだな,ということが分かりました。同時に,出口、つまり卒業生を受け入れる企業・公共機関・団体等の責任も重大であると思うようになりました。

 私も企業経営に携わっておりますが,初期の考え方は,外部でどんな教育を受けても関係ない,我々が立派な企業人に育てるのだ,というものでした。

 この考えは,大変無責任な考え方で,企業も本当の意味での教育に携わる責任があり,責任を果たす機会もあるということを,ジュニア・アチーブメントから学びました。

 余談ですが,上野の国立博物館で『福澤諭吉展』が先週スタートしました。早速行って見て来ましたが,驚いたことに福澤先生の日記や手帳,直筆の原稿,往復書簡,下書きなどが,整然と揃っていました。 頂いてきた資料の一部を紹介します。

 「福澤諭吉の生涯は,文明の進歩は異端から生まれると信じ,内に秘めたる異端の思想を勇気と気品をもって世に説き,身をもって先導する挑戦でした」とあります。今の世にも通用します。続いて,次のように述べられています。

 「福澤諭吉は気品ある人間性,個人の自立,男女平等,地方分権,創造性ある起業,メディアの開拓,国際的視野等,今日にも通用する教えを説き,また,時には政権から異端分子としてスパイされるような危険をおかしてまで,日本国の将来に思いをはせ,数多くのリーダーを育てた偉人である」

 福澤先生の門下生が多くの分野で活躍され、今日の日本の礎を築かれたことはご承知の通りですが,今の時代ではこのように偉大な個人の力に頼るより,我々一人ひとりが家庭人として,企業人として,学校教育に相当のかかわりあいをもつべきだと思いますし、責任もあると思います。また,そういう機会もたくさんあると思います。

 そこで,この機会に,ジュニア・アチーブメントのプログラムの中から,二つを紹介したいと思います。

 まず,某民間テレビ局が2005年に放映した30分番組『ボクたちの会社経営・女子高校生社長密着180日』をご紹介します。
●[VHS映像(抄録)を6分間放映]
・テーマ
 会社経営の実践。Student Company Programというプログラム。
・映された場面 
 学生が実際に資本金を集めて(1株百円の株券を100人に売って・実は親御さんがお金を出して),株式会社を作り、実際に物を作って販売し,利益をあげ,その成果を株主総会に発表するまでの経過。(この高校生たちはローソクの製造を試みた。社員は19人で生産,営業,経理,人事の4部門に従事するという設定。)
・番組の焦点
実際の経験を通じて,企業の経営の難しさを勉強してもらう。生徒達が次第に自信の溢れる表情に変わっていく姿がとらえられている。特に社長を担当した女生徒が,総会で株主役の企業人サポーターとのやり取りのなかで,落ち着いて答弁している姿が頼もしい。
・プログラムの目的
親は株主として参加し,メンバー企業の社員は,学生をいろいろと手伝いながら現場の苦労を体験させる。
・場面の中での関係者の感想

 指導した先生は「知識として勉強するだけではなく体験的に覚えていく学習として先端的だったと評価できる。特に物事に対する受け取り方・対応の仕方が,体験を通して変わっていくのがすばらしいと思った」と話している。

 参加した生徒達は就職や進学についての進路を決める際に,たいへん参考になったと言っている。

 二つ目の番組は,Job Shadowというプログラムです。NHKが2007年にニュースウオッチ9の中で放映した『ある銀行本店の国際企画のチーフに密着した高校生』をご紹介します。

●[VHS映像(抄録)を4分間放映]
・テーマ
 企業人のそばに生徒が影のようについて,朝から晩まで企業人が何をやっているかを見聞し,実際の仕事のやり方を勉強するプログラム。
・映された場面 
銀行本店の入社19年目のベテラン。海外支店の統括を業務とする某氏に密着して,その仕事ぶりをつぶさに観察している高校生。
朝9時,ニユーヨークとの電話会議,専門用語が飛び交う会議。傍らの高校生は呆然として見つめるばかり…。
 10時,別の会議。高校生はようやくメモを取り始めた。こうして3時間。
・番組の焦点
見る側と見られる側がお互いに貴重な経験をする。見られる側の企業人は,仕事を見直すきっかけになったと言う。輝いている高校生の姿は,企業人にもいい刺激になるようだ。見る側の高校生は,将来の就職についての貴重な体験になったと語る。
・プログラムの目的
 本に書いてあることとは違う実際の職場を通して職業を理解する。
以上二つの番組をご紹介しましたが,いろいろなプログラムを体験した子供たちの感想文があります。
・Job Shadowを体験した高校生
自分の将来についての気持ちが変わった。今までは,「これからどうなるだろう」と不安に思っていたが,体験後は「早く大人になりたい」と思うようになった。チームプレーが強調される意味がよく分かった。仕事に優先順位を付けることも教えられた。
・家計を任されるプログラムを体験した小学生
やってみて「親がたいへん家計で苦労していること」が分かった。
結論として申しあげたいのは,企業人や家庭人が,今社会で起こっていることを教えるお手伝いをして,先生方を助けることが大切だということです。先生方は実学については必ずしもプロではありませんので、その部分をサポートするのです。
  
 Student Company ProgramとJob Shadowを紹介しましたが,他にも多くのプログラムがありますので,主なものをご紹介します。MESEというパソコンを使う意志決定プログラムがありますが,これには毎年400校が参加,Student City Programは,空いている教室や廃校になった校舎を使って店舗などを作り,その経営を体験させるもの(品川区と京都市で実施,年18,000人が参加),Finance Parkは,同様に店舗などを作り,個別に家計を経営させるプログラム(品川区と京都市で実施,年12,000人参加)などがあります。

 以上のように,教育については,その入り口である家庭で,また,その出口である企業がお手伝いできる部分があります。私は,たまたまジュニア・アチーブメントに関係しておりますが,今日ではこの他にも数多くの企業やNPOがいろいろなプログラムを展開し,社会や経済の実態の勉強のお手伝いをしています。

 我々企業人・家庭人も,学校教育に積極的に参加できますし、責任もあるということをご理解いただければと思います。