卓話


CSR(企業の社会的責任)と職業倫理

10月13日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

早稲田大学 企業倫理研究所長
商学部教授 小林 俊治 氏 

第4028回例会
 
   職業奉仕月間例会

 「CSR(企業の社会的責任)」とは,法律を遵守するのみならず,その時代の社会がもつ,企業に対する期待に応えることです。「職業倫理」とは,その職業が要求する行動規範のことです。

 つまり,その時代の社会がもつ,企業に対する期待が分かっていないと,企業の社会的責任は果たせません。日本では,この面では先進的な欧米諸国と同じように,企業の社会的責任の重要性の認識が,すでに企業関係者には定着しております。CSRの意識覚醒運動の第1の段階を越えて,第2段階として,その規模を問わず,多くの企業では社会的責任の行動規範を作成していますし,政府も企業の社会的責任の規格化を検討し始めています。

 私見によれば,この段階に入って,それでは具体的になにが企業の社会的責任かという定義をめぐる議論がなされている時期だと思います。

 法律の専門家は,これまで企業の社会的責任とか企業倫理の問題をあまりアカデミックに取り上げてきておりません。例えば,企業の社会的責任は法律が終わったところから始まるという人がいます。ところが,法的責任がどこで終わるかということは,多くの裁判にみられるように,必ずしも明確ではありません。企業の法的責任と社会的責任とは明確には区別できないケースがあると思います。それだからこそ,今日の企業は,社会のさまざまな期待に応える企業である必要があります。社会の期待に応えるには,社会がどうなっているかを知らねばなりません。マーケティングの世界では,それに対する動きが早く,社会の期待については敏感です。その面では広告代理店などのマーケティング専門家の意見に耳を傾ける必要があります。

 職業倫理は,その職業が要求する行動規範のことですが,要求するレベルが高いか低いかが問題です。タクシーの運転手さんの接客態度が,この2〜3年で,すごくよくなりました。私は毎日のようにタクシーに乗りますが,不愉快な思いをしたことがありません。タクシー業界の規制緩和による台数の増加という競争要因もありますが,これは経営者がそういう教育をしているからだと思います。タクシーの運転手さんという例から,企業が行動規範を作って実行し,職業倫理を向上させることが可能だということが分かります。

 そういう企業の社会的責任と職業倫理を媒介するのは,人間としての個人の倫理であります。この個人倫理を始点として,集団組織としての倫理(企業倫理),それから業界の倫理,さらには国の社会倫理,そして,いまは,世界の倫理に至るのだと思います。そして,また,個人倫理は世界倫理に影響を受けます。

 いま,世界のいろんな地域で紛争が起きていますが,世界的な行動のルールは確実に増加し,実効性を増しています。世界法を行使する武力や権力はどこにもありませんが,例えばISOとか京都議定書とか,世界で通用する数々のルールが作られつつあります。

 個人の倫理も,世界的な動向から影響を受けます。そのレベルも段々と高くなってきて非常に高い倫理性が目指されている段階だと思います。ただ,たとえば,環境倫理が行過ぎて,汚いものはすべて排除するとなると,かつてのナチズムのようなエコファシズムのようになりますので,その点については気をつけないといけません。

 今日では,どの職業においても社会的な視点が必要です。職人気質のように,自分の狭い世界でやっている時代は終わったと思います。名人,匠といわれる人たちでも,税金,年金,老後などの問題をとおして社会と結びついていますし,自分の仕事が社会的にどういう位置づけにあるか,どういうことを期待されているかを,職人として,意識をもつ必要があると思います。そういう意識があってはじめて,社会的責任を果たせると思います。

 各種の調査によると,企業の倫理レベルは社長の倫理レベルと同じといえます。トップ個人のものの考え方がだいじです。トップが経営者として倫理的に行動することが出発点で,その後に,いろいろな改革ができると思います。日本では「階級」という言葉を使うと,時代に会わないと思うかもしれませんが,現在,世界を解釈するには,階級・民族・ジェンダーの3つが,社会科学の世界ではだいじなキーワードになっています。私は,それらに,倫理というものを加えたいと思います。政治家(政治倫理)と並んで,社会をリードする経営者階級の倫理が,その社会の倫理レベルの決定に大きな役割を果たすとおもいます。

 高い社会的責任意識をともなった,トップの職業倫理の向上により,企業の社会的責任も,単なる理念ではなくて,より現実的に社会を変えていくものになるとおもいます。それが,職業倫理の拡大解釈ということです。

 また,いままでは,高度専門職の人たちに職業倫理が要求されました。職業倫理は公認会計士とか医者とか弁護士とか官僚や会社の専門職に対する要求だったのです。ところがいまは,どの職業の人も,プロとして,社会的責任を自覚した行動様式をもたなければいけないと思います。それが環境倫理などさまざまな領域での倫理を意識しはじめた社会の期待していることであります。

 個人倫理と社会的責任の例を商店街について考えてみると,たとえば,商店街で不振を極めている所があります。一方では繁盛している商店街もあります。繁盛している所では商店街の人たちが,ひとつの集団となって,いろいろと話し合って活力を生む仕組みを自分たちで考えています。そのときに,NPOと相談するというように,社会とのかかわり合いが必要であるという問題意識をもつ店主の人が多くいるところが強いのです。そのとき,社会的な意識がないと,そこまで問題意識が出ません。自分だけ儲かればいいとかいう考えであれば,全体的なまとまりはできません。そういう仲間に入れない店主もいます。

 冒頭から申しあげているように,企業の社会的責任が定着しつつあります。法律的にも内部通報者保護制度もできました。ただ社会的責任そのものについては,企業内,業界内でマニュアル化しているのは事実です。これがCSRの矮小化,マニュアル化です。

 あれをしてはいけない。これをしてはいけないという行動規範を,多くの企業は作成しています。細かく規定することも必要ですけれども,過度のマニュアル化は問題です。なによりもまず,社会的責任を自覚した経営者の夢を社員で分かちあって,一つの理念を共有して仕事をする,そういう社会性をもつグランドデザインの共有が大事だとおもいます。

 さらに, 職業倫理を成立させるには,だいじなのは家族です。安心して職業を遂行していくためには,家族と仕事のバランスがよくなければいけません。

 最後に,アメリカでは一般的に,倫理的ということと革新的ということと同義的にとらえているようです。職業倫理を通して企業の社会的責任を果たすということは,社会を倫理的に望ましい方向に革新していくことでもあります。