卓話


職業奉仕月間例会
「トカゲの『シャッポ切り』時代の経営」
 −「シッポ切り」からトップの責任へ−

2007年10月10日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日比谷パーク法律事務所 代表弁護士
久保利英明氏 

1.会社の価値は信用である
今や,良い会社,悪い会社の価値基準が変わりました。売り上げの大小,利益率ではない。従業員の数でもない。やはり,ブランドの価値とか信用が大事になってきています。

 信用の源泉は役員の行動です。そして内部統制制度の構築つまりコンプライアンスです。 コンプライアンスとは法令遵守と考えて,やたら堅く考えるように誤解されていますが,本来,コンプライアンスは柔軟なものです。もともとは物理学の言葉で「力を与えたら,それに応じて撓う,たわむ」が本当の意味です。即ち,社会が要請しているものに応じて会社が柔軟に受け止めて変わっていくのがコンプライアンスなのです。

勿論,法令も社会の要請ですから,それはそれで,受け止めるのですが,それだけで十分ではありません。社会の要請全般にどう対応するかが大事なのです。不祥事が次々に起こりましたが,その形が変わっています。1980年代はトップの犯罪行為です。例えばリクルート事件。基本的にはトップ個人の問題です。90年代は,トップと現場がセットになった事件。例えば談合は現場がやるわけですが,トップも談合システムがあることを知っている。しかし,それを是正しないでいるという形です。

21世紀に入ると全く変わりました。トップは何も関与していません。しかし事件は発生します。雪印・日ハム・全農のチキンフーズなどの事件ではトップは命令していません。しかし,トップは首をとられます。これが,私の言う「トカゲのシャッポ切り」時代です。 日本も世界も,21世紀に大きく変わりました。アメリカでは2001年にエンロン事件がおきました。あっという間に,サーベインズ・オクスリー法ができました。そして2002年にはもう施行されています。

日本では,昨年からやっと,会社法が施行されました。法律が変わって,内部統制制度を作れということになりました。

 実は,法律が変わったから内部統制をするのではなく,内部統制は元々しなければいけなかったのです。コンプライアンスは元々守るべきものだったのです。それをやってこなかったので,やむなく法律ができたのです。

今,裁判所は,役員の義務をどんどん加重しています。例えば,以前なら,トツプが,関係なかったと言えば,知らなかったのなら仕様がないという事件がいくつもありました。

今は違います。貴方が知らなかったのは,貴方が内部の統制システムを作らなかったことが悪いのだと判決されます。例えば大和銀行事件,ヤクルト事件などがそうです。さらに最近,恐ろしい判例に,ダスキン事件があります。中国製の肉まんに未認可添加物が使用された事件です。内部調査の結果を役員会が公表をためらっているうちにオープンになりました。これが代表訴訟になって大阪高裁で,平成18年の6月,公表すべきものを公表しなかった責任があるとして,取締役会に出席していた役員全員に,最低でも2億数千万円の損害賠償金が課せられたという事件です。

金融商品取引法が作られました。根本的には会社が財務諸表を正しく作り,有価証券報告書に間違いがなければ問題はないのです。法律が変わったからといってびっくりする必要はありません。やるべきことを粛々とやっていればいいのです。

2.最近の不祥事の分析
書類を全部文書化して,あらゆる製造販売の実績をデータ化しろというが,そんなことをしたら手間がかかって大変だというクレームを,よく耳にします。では,何故それが必要なのかということについてお話しします。
 
最近の事例で不二家さんの事件を思い出してください。この事件には刑事処分がありません。健康被害を受けた被害者もいません。行政処分もありませんでした。唯一,行政指導だけがありました。しかし,あらゆるスーパーから商品が消えました。信用が崩れたら,会社が大変なことになるというケースです。

流出した内部書類に,消費期限を一日過ぎた牛乳を使ったことがあったと記載されていました。コンサルタントが従業員から聞き取った内容の記録だったそうです。正確に何年何月何日に,どの牛乳が何リットル使われたというデータは全くありませんでした。逆に言うと,ないものが一旦流布してしまうと,会社として,それを打ち消すことは不可能なのです。

文書化していない,記録がしっかり保存していないということは反論の機会がないということなのです。文書がなければ抵抗できません。これが事件の原点です。

法律ができたから文書化するのではありません。文書にするのは会社の存続,生存のためなのです。不二家事件は,やるべきことをやっていなかっただけなのです。

関西テレビの捏造番組にしても,真実の報道の使命,ミッションを考えれば,できることではなかったのです。

ガス温水器事件でも,ユーザーの知識と感覚の変化に対応できなかったために起こったことです。

そういう意味で,事業のミッションをきっちりと感じとって仕事をすればいいのです。コンプライアンスもガバナンスも内部統制も,そんなに怖い話ではないということを申しあげたいのです。

3.法律制度の変化
最近,法律制度がどんどん変わっています。独占禁止法も大きく変わりました。不正競争防止法にも新しい条文が入りました。

敵対的買収とプロキシファイトなど,いろいろとあります。多くの内容がありますが,一点だけ申しますと,独禁法の変わり方は大きいものがあります。自分から自首して出れば課徴金を免除するという制度(リニエンシー)が採用されました。最初は誰がやるもんかと言っていたのが今は行列をなして申告に行っています。何故こうなったのでしょう。

役員は最終的には代表訴訟のターゲットになります。数億円の課徴金を自らの財布から出さねばなりません。少なくとも,リニエンシーで申し出ておけば課徴金は受けません。

取締役の,会社に対する課徴金相当額の賠償義務も存在しなくなります。この制度は益々活用されることが推測され,談合根絶の切り札になることが期待されています。

4.それでは会社はどうしたらよいか
判例が厳しい。法律が厳しい。消費者が厳しいという時代に会社はどうしたらよいか。

現場をいちばん知っているのは経営者です。会計士でも弁護士でもなく,ましてコンサルタントでもありません。現場の管理者はリスクの所在,その大きさをどうやったらヘッジできるかということも十分ご存じです。

避けるべきリスクを避け,取れるリスクは取って収益を拡大する,経営者として本来あるべき姿を,本気でやればいいのです。

現実に惑うことはありません。コンプライアンスとは,冒頭に申したように,柔軟度のことですから,硬直した法令遵守ということではありません。

法令遵守ばかり考えていると大変なことにもなりかねません。つい昨年から,クレジット会社,サラ金会社の過払い金返還訴訟が相次ぎました。最高裁が,グレイゾーン金利の根拠となった政令が法律違反だと言ったからです。法令や政令だけを守っていればいいと思った時に,大きな過ちが後から襲いかかってくる時代です。法令遵守だけでは絶対にいけないという教訓です。

コーポレートガバナンスの体制強化は当たり前です。社長が裸の王様になったのではどうしょうもありません。冷酷に言うと,独立した取締役会が経営者を監視する機能も必要です。内部の声,社外の声をオープンに取り入れていく組織を作らねばなりません。

社長を護る組織を作ることも必要です。マスコミやメディアは社長の首を取ることばかりを使命と心得ています。これからは護りの内部統制システムを構築しなければなりません。徳川300年の歴史は,内部統制制度の賜物だと思います。藩が大事,幕府が大事,人ではなく体制を護ろうとする意欲が江戸300年の原点だったと思います。

全員営業,全員生産で勝ち続けた企業はありません。間接部門,特に監視部門を軽視しないで力を注ぐ必要があります。

危機管理では,マスメディアに対する記者会見が大変です。総会対策より記者会見対策を真剣に考えることが必要です。

司法が変わったので,内部統制態勢と社内弁護士が必要になる時代になりつつあります。すべてのことに対する対応をリーガルにやる時代がきたのだと思います。それが「トカゲのシャッポ切り」を防ぐ方法だと思います。