卓話


首都直下地震に備える

2019年10月30日(水)

東京大学地震研究所
地震予知研究センター長・教授 平田 直氏


 最近の被害の大きな地震を見ていくと、今年は3カ月前に山形県沖の地震がありました。地震の大きさを表わすマグニチュード(M)は6.7。新潟県村上市では震度6強、山形県鶴岡市では震度6弱という強い揺れになりました。幸いなことに亡くなった方は1人もいません。しかし、多くの家屋に被害がありました。M6.7は世界的に見てかなり大きな地震です。

 昨年はM6.7の北海道胆振東部地震が発生しました。40人以上の方が犠牲になり、その半分は厚真町、苫小牧市の隣町が大きな被害を受けました。北海道の電力の半分強を供給している火力発電所が被災し、半分どころか北海道中の電力が失われ、しかも本州から北海道に電力を供給する仕組みは機能せず、北海道は数日間にわたってブラックアウトになりました。

 私達は電気がないとほとんど生活していけません。一番重大な影響は、人工呼吸器をはじめとする医療機器を使っている患者さんが命の危機に陥ることです。他にも北海道で問題になったのは酪農家の搾乳で、電気が失われて搾乳できなくなり、大変な被害がありました。

 昨年は、大阪府北部の地震もありました。M6.1、震度6弱で少し小ぶりですが、首都圏に次ぐ人口集積地で、建物が沢山ある。朝7時58分に起きたため通勤通学客が非常に影響を受けました。電車は一台も脱線しませんでしたが、安全を確保するためにJRは数日間止まってしまいました。

 この地震では6名が亡くなっています。震度とは0から7まであり、定義上7が最大です。震度6弱とは耐震化されていない木造家屋は倒れてしまう揺れです。この地震では、学校のプールのブロック塀が崩壊してきて小学生がその下敷きになって亡くなり、通学路で交通整理をされていた男性がやはりブロック塀が倒れて亡くなりました。1978年の宮城県沖地震の時に多くのブロック塀が倒れて、建築基準法の耐震基準はブロック塀も含めて強化されました。ですから、簡単に言えば違法建築が残っていた。学校の校舎そのものは、ほぼ100%の耐震化率になっているため校舎は崩れませんでした。

 この大阪府北部の地震で亡くなった6名のうちの2名は本棚が倒れてきた、あるいは落ちてきた大量の本に埋もれて亡くなっています。それから、90代の女性が地震によって持病が悪化して亡くなりました。我が国の災害対策基本法やその他の法律で災害関連死と呼ばれるものに分類される犠牲者です。日本は直接家が潰れて、あるいは橋が落ちて亡くなった人の他に、「もし地震がなければ失われなかった命」という意味で、災害関連死としています。

 昨年から今年にかけてM6以上の地震は日本およびその周辺で18回発生しています。国外も含まれるため、少なめに見積もって大阪府北部の地震程度のものは日本で1年間に12回、一月に一度ぐらいは起きています。気象庁のデータベースを調べてみると、データベースが完備された1923年から今までの間約100年間に1800回、平均して一年間に18、19回起きています。つまり、一月に一度位は大阪府北部の地震程度のものは日本のどこかで起きていることを示し、決して最近増えた訳ではなく、昔から日本ではそうだったことに気がつきます。

 もし、北海道や新潟・山形県で起きた地震が都市で起きると、大勢の方が亡くなります。2016年の熊本地震 (M7.3)では、273 名が犠牲になりました。このうち地震で直接亡くなった方は50名。その4倍の方が先ほど説明した災害関連死で、つまり病気の方が厳しい避難所暮らしなどを続けて悪化して亡くなってしまったのです。

 さて、8年前に起きた東北地方太平洋沖地震は非常に大きい地震でした。熊本地震の1000倍のエネルギーが放出されました。エネルギーについてわかりやすく言えば、熊本地震によって差し渡しでは熊本から大分まで約50劼里箸海蹐強く揺れましたが、東北は青森から茨城、千葉、東京まで南北500勸未領琉茲強く揺れました。長さが10倍ですから面積は100倍。もしそこに同じ密度の人口があれば、100倍の被害が出ることが容易に想像できる。実際に東北の地震では2万人以上の方が犠牲あるいは行方不明になりました。今でも行方不明の方がいます。

 熊本で起きたような地震がもし首都圏で起きると、人が沢山いることと脆弱な家屋がまだ沢山あることによって被害のリスクは巨大になります。これを曝露量(エクスポージャー)と言い、首都直下地震の本質です。

 現在の地震学では、地下にある岩石の強度、太平洋プレートやフィリピンプレートの位置がわかっているため、どの辺りで地震が起きやすいかを予想することができますが、次にどこで地震が起きるか予測はできません。しかし、どこでどの位の地震が起きるかを仮定すると、どこが、どの位の強さの揺れになるかを計算することはできます。

 都心南部直下でM7.3、熊本地震程度のものが都心で起きると、一都三県の3割が震度6弱以上になることがわかっています。この揺れに耐えられる家と絶えられない家を調べると、なんと61万棟が全壊・消失すると内閣府中央防災会議から公表されています。 最悪のシナリオで、死者は2万3000人です。東北地方太平洋沖地震に匹敵する被害者数です。東北のエネルギーの1000分の1程度の地震でも、そこには莫大なエクスポージャーがあるために被害が大きくなるのです。

 全壊61万棟は、山の手線の外側で環七の内側ぐらいのリング状に被害が集中すると推定されています。この地域には耐震化・不燃化されていない木造家屋が沢山あります。東京都は防災都市づくり推進計画の中で、都内28の重点整備地区を指定し、ここにある不燃化・耐震化されていない木造家屋を耐震改修する時に区が補助金を出すことにしています。木密地域と呼ばれ、道路が狭くて大型の消防車が入って来られないような所で、一度地震が発生し、同時に色々な所で火災が発生すると現在の消防能力を超えて消火することができないと消防庁も都も区も言っています。この指定地域は23区の1割の面積で、180万人、区部の人口の2割が住んでいる。これが現在の我が国の首都・東京の実際です。横浜や千葉や埼玉もこれと類似のことがあります。

 もし首都圏で熊本程度の普通に大きい地震が起きると、火災が発生し停電になる。湾岸の火力発電所が被災するため電力供給がストップする。送電線が切れてしまうため電気が使えなくなる。道路は大渋滞し、JRは一ヶ月止まる。つまり私達の日常生活は完全にストップすると、内閣府中央防災会議のレポートに書かれています。経済損失は国の1年間の国家予算と同程度の95.3兆円になると推定されています。

 国がこうした数字を出す目的は、被害を少しでも減らすためです。対策を取るためにまず提案させていただきたいのは、防災のリテラシーを一人一人が身に付ける、あるいは国や自治体、企業、組織が身に付ける必要があるということです。

 正しく読み書きができる能力、生きる力をつけるために字を学ぶことと同じように、正しく防災を理解するための最低限度の基本的な能力、災害から生き延びる力を防災リテラシーといいます。学校の教科書風に書くならば、「よりよい社会と生活のために自分のこととして防災に取り組むための基本知識」です。

 それほど難しいことではありません。我が国は残念なことに様々な災害が沢山起きますので、隣町の出来事、ちょっと昔の出来事を学んで自分の住んでいる地域の自然と社会を理解することによって身に付けることができます。

 国の防災対策は、事前防災、緊急地震速報に基づく緊急対応、事後対応、復旧・復興までを総合的に強化することです。ちょっと前までは地震予知に基づいた防災対策が行われていたのですが、2017年の内閣府中央防災ワーキンググループが「これは実際にはできない」と言ってなくなりました。

 もし揺れた時に何をしなければいけないか。東京消防庁の「地震 その時10のポイント」というものがあります。これは児童が学校で習っていることです。昔は「ぐらっときたら火の始末」というのを教わりましたが、今の子ども達は「まず身の安全」です。そして、しばらくしたら「逃げる準備をする」、戸を開けたり窓を開けたりして逃げなさい。ただし、すぐに逃げろとは書いていない。皆さんの自宅や会社は震度6弱になっても崩れることはないため、留まるほうがいいかもしれないし、外に出る必要はないかもしれません。しかし、自分の家が壊れなくても隣家から火が出れば火事になる可能性がある、海岸で津波が来れば家が流されてしまうかもしれないため、その時は適切に逃げる必要がある。

 これはその時に慌てて判断できることではないため、日頃から自分のいる場所が地震に対してどのぐらい強いのかを理解しておく必要があります。地震調査研究推進本部が全国の地震の起きやすさと地盤の揺れやすさをまとめた「確率論的地震動予測地図」があります。webサイト地震ハザードステーションhttp://www.j-shis.bosai.go.jp/map/に行き、J-shis Mapに住所を入れると、その場所の揺れの確率が出ます。この例会場の住所を入れると震度6弱以上に見舞われる確率は80%を超えています。つまり私達が生きているうちに震度6弱以上になるのはほぼ間違いないというのが科学的な情報です。

 耐震化が必要です。何もしなければ国家予算に匹敵するだけの経済被害が出て、大勢の方が亡くなってしまう。それが首都直下地震です。東北で起きたような地震は北海道や関西でも起きます。特に言われているのが南海トラフの巨大地震、M8〜9で、30年以内に70〜80%の確率で起きると言われています。事前対策が基本で、今の科学の実力を生かして社会全体で備える。それは一言でいうなら防災のリテラシーを身に付けるということです。


    ※2019年10月30日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。