卓話


新しい歌舞伎座に向けて

2012年11月14日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

十二代目 市川團十郎氏
(東京銀座新RC)

 私も東京銀座新RCの会員でございます。いろいろと役職を仰せつかっており,その苦労も体験として承知しております。皆様方もさぞご苦労をなさっていると思いますが,今日は「新しい歌舞伎座に向けて」というタイトルでお話しさせていただきます。

 昭和25(1950)年に竣工した四代目歌舞伎座は,建て替えのために,3年前の平成22(2010)年4月に閉場しました。現在,その跡地に新しい歌舞伎座が建築中で,来年の春に再開場ということになっております。

 そもそも歌舞伎座は,日本に新しい演劇運動をつくろうという目的で,諸外国の施設にも負けないような劇場をつくるという計画で,明治22(1889)年に東京・木挽町に開場されました。それが最初の歌舞伎座です。

 当時,福地源一郎(福地桜痴)という人が,たいへん尽力なさって,明石町から銀座にかけて近代的な街づくりをしました。

 「道はロンドンのように,建物はパリのように」を目標にして整備され,その一環として出来たのが歌舞伎座という建物でした。

 その後,大正12年の関東大震災と,一度の火事,そして昭和20年の空襲による焼失などを経て,昭和26年に再度開場したのが四代目の劇場でございます。来年4月から開場する劇場は五代目ということになります。

 私は昭和28年に,父の十一代目と一緒に,初舞台を踏ませていただきました。今の四代目の歌舞伎座とほとんど一緒に歌舞伎の道を修行してきたという思いがあり,たいへん懐かしい思い出がございます。

 その建物に使われていた唐風な正面玄関や破風,その下の飾りの懸魚(げぎょ)などは,新しい建物に使う工夫をしてくださっていると聞いていますので喜んでおります。

 設計の段階でもっと新しい雰囲気のものをという意見があり,検討に時間を要しまし
たが,「やはり歌舞伎座は昔からの建物でなければならぬ」ということに落ち着き,正面の雰囲気は前の建物と同じような形になります。

 東銀座を散策する人たちには,高いビルが目に入りますが,ビルの前には,四代目の歌舞伎座とほとんど変わらない,五代目歌舞伎座が見えます。ロータリーの皆さんも是非足を運んでご覧になってください。

 歌舞伎座が取り壊されることは,私どもとすれば,日本国中で「待った」の声がかかるのではないかと思いました。でもそんな反応はなく静かなものでした。パリのオペラ座・ガルニエを新しく直す,などという話になればフランスでは大騒ぎになったと思います。

 「日本は本当に静かだなあ」と残念に思いました。「もう少し,今の歌舞伎座をそのまま使ってほしい」という声が上がってほしいと思いました。でも考えてみれば,戦後の建物ですから,当時の材料の質のこともあり,年数も経ているし,大勢の人が集まる建物として災害に備えるべきであるということで,やむを得ぬことだと思っております。

 今回は,これから100年もつ劇場にしたいということで,お客さんの立場,役者や裏方の立場,会場で働く従業員の人たちの立場,などの意見を取り入れてくださって,とてもよくできた劇場になると思っております。

 どんな劇場でも一番難しいのは音響です。四代目の歌舞伎座は,世界の劇場の中でも,冠たる素晴らしさをもっていました。そこに至るまでには,何回も改良が施されるという努力がありました。

 近代的な機械で調べて,新しい科学をもってしても難しい技術ですが,最初からすばらしい音響効果をもった劇場になることを期待しております。

 私たちも,伝統芸能に携わる者として,新しい歌舞伎座に対してどう対峙していくかをいろいろと考えております。

 思うに,明治以来,日本は富国強兵,殖産興業の気風が国造りの基本でした。それに対して,文化はあまり大切にされていなかったと感じます。

 世の中には,経済と文化があります。経済が大事なジャンルであることを否定はしませんが,経済あっての文化だと考える人が多いのには疑問を感じます。私は,文化がなければ経済も成り立たないと考えております。

 私は経済には素人ですが,芝居には様々な場面で「経済」が出てまいりまいす。

 この7月に演らせていただいた『将軍江戸を去る』というお芝居の中で,勝海舟が「経済の実力なきところに権力は存在しない」と台詞を言います。

 なるほど,そのとおりだと思います。経済というものがあって,そこに初めて権力が生まれてくることは間違いないことだと思います。ただし,今の経済状態のなかで果たしてそれでいいのかと思ってもおります。

 今こそ日本人は,経済一辺倒の考えを改め,自分たちの文化を見つめ直すべきです。

 やはり「文化」というものを考えないといけないと思います。広辞苑によれば,文化は「文徳によって民を強化する」とあります。要するに「学問や知識によって教え導く」のが文化だというとらえ方です。

 私は,衣食住のなかで「人間らしい生き方をする術」が文化だと思っております。その一環に芸能があり,歌舞伎があります。

 食事,衣服,絵画,音楽,その他いろいろな職業にそれぞれの文化があります。それらの活動,文化活動が経済の源だととらえております。人間が人間らしい活動をするために経済が生まれているのではないかと思います。

 これからの日本は,文化をもう一度見直すことが大切ではないかと思います。

 日本には,四季のある環境があります。例えば,稲作から四季を鋭敏に感じながら,一年を過ごしていく日本人の生活にリズムが生まれ,四季を彩る様々な祭りや芸能が育まれてきました。そうやって長い時間をかけて形作られた環境の中で培ったものの一つに,歌舞伎があります。

 私たちの先輩は,それぞれの時代にすばらしい洞察力と観察力で,独特な演技形態と表現方法を生み出してきました。

 我々はもう一度,江戸文化を代表する歌舞伎を通して,日本人が日本人たらしめた衣食住の文化を伝えていきたいと思います。

 寿司,日本食などは,いわば江戸時代のスナックです。寿司は世界中に広まっています。マンガも,江戸時代の絵と文字を面白おかしく組み合わせたのが元で,それが戦後の新しいマンガの形になって世界の評価を得ているのだと思います。

 私どもも,歌舞伎に携わるからには,海外に積極的に出ております。ニューヨークのメトロポリタン・オペラハウスやウィーンのシュターツオーパー,パリのガルニエそしてモナコなどに行って,「日本の文化はこのようなものです」と紹介しています。

 その中で,市川家のアピールは何かということをお話しいたします。

 市川家の先祖は万治3(1660)年に生まれました。延宝元(1673)年,中村座で初代市川團十郎が『四天王稚立』を演じ「荒事」の世界を創りあげました。團十郎がスーパーマンの役を演じます。「荒事」は,神様が荒れる,あるいは,悪霊を退治するという役です。その中で大事なのは勧善懲悪です。それが一つの正義の型です。

 善を勧めて悪を懲らしめるという,とても単純なことですが,最近は「日本人はそのようにしているかな」と思います。どうも悪におもねて,弱きをいじめているような印象もあります。

 確かに,勧善懲悪というのは勇気のいることです。恐いこともあります。実際にはなかなか出来ないことですが,市川家の芸風として,弱きを助け強きを挫く,勧善懲悪の精神の舞台を演じさせていただいておりますので,日本文化を見つめ直して,江戸文化を代表する歌舞伎を掘り起こして,皆様にお見せしたいと思っております。

 新しい歌舞伎座の開場を契機として,日本の伝統芸能を歌舞伎の舞台で表現していきたいと思っております。

 古い劇場にはいろいろな歴史があります。私の思い出は,先輩の六代目歌右衛門さんとか,松緑伯父さんとか白鸚の伯父さんとか,そういう先輩方に怒られたことばかりです。

 大体,皆そうなのです。劇場内では必ず怒られたものです。新しい歌舞伎座では,うるさいじいさんになって,今度は若い人たちに文句を言うということに徹したいと思います(笑)。そんな希望を込めながら新しい歌舞伎座の完成を待っております。

 是非とも,皆様方も伝統芸能あるいは伝統文化,日本人がもっている特質を世界にアピールするようにご協力をお願いしたいと思います。