卓話


映画をつくる

2013年9月11日(水)

映画監督 山田洋次氏

 今日は映画に関する話題を、二つほど取り上げてみたいと思います。みなさんは普段、映画をどれだけ劇場に行ってご覧になっているでしょうか。映画が好きで結構たくさん見ておられる方、あるいはもう何年もまったく見ていないという方、様々だと思いますが、なかでも気になるのは、日本映画をどれだけご覧になっているか、ということです。

 まず一つ目はその日本映画に関する話で、ある程度年配の方ならよくご存知だと思いますが、小津安二郎監督の「東京物語」という作品があります。今からちょうど60年前、1953年につくられた映画ですが、実は小津さんの名声というものが近年、国際的にも非常に高まっているのです。

 1950年代、黒沢明監督や溝口健二監督は、すでに世界的にもよく知られていました。当時の「羅生門」とか「雨月物語」といった作品とともに、特に欧米では、クロサワ、ミゾグチといえば、日本の映画監督として有名だったのです。しかし小津さんの評価は、少し遅れてやってきます。亡くなられたのが1963年ですが、没後に小津作品はどんどん高い評価を得るようになり、とりわけヨーロッパで脚光を浴びるようになりました。

 ところで、イギリスに英国映画協会(BFI)というフィルム・センターがあります。まあ世界各国にフィルム・センターはありますが、BFIは1930年代に設立された、この種の機関としては世界最古の一つで、また最も権威あるフィルム・センターとして知られています。

 そのBFIが1950年代から実施している恒例行事として、10年お置きに世界の歴代の映画の中からベスト10を選んで発表するというイベントがあります。これは世界の名だたる映画監督や評論家の投票によって選出され、大いに注目されるのわけですが、特に映画関係者であればなおさらです。

 それで1950年代につくられた黒沢さんや溝口さんの作品が、同イベントのベスト10に選ばれる機会が何度かあり、日本映画として大いに気を吐いていました。ところが前々回の、たしか1992年だったと思いますが、初めて小津さんの「東京物語」が評論家部門の第3位に選ばれ、これには僕たちも非常に驚きました。小津監督といえば僕の育った松竹撮影所の大先輩でもあるし、大変うれしかったのわけですが、さらに驚いたのは、直近の2012年の同イベント監督部門で、何と「東京物語」が第1位に選ばれたのです。

 このことはヨーロッパでも、ずいぶん大きなニュースになったようですね。とにかく映画の歴史は100年以上ありますが、この間につくられた映画の中で歴代最高の作品、つまり世界一の映画として「東京物語」が選ばれたのわけですから、これは僕たち日本の映画人だけでなく、すべての日本人にとって大きな名誉であり、誇りに思っていいのではないでしょうか。

 ちなみにこの時選ばれた映画で、第2位はスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」、第3位がオーソン・ウェルズ監督の「市民ケーン」、第4位がフェデリコ・フェリーニ監督の「8 1/2」でした。こうした世界の歴史的な巨匠たちを、いわば退けるかたちで日本の小津監督が選出され、「東京物語」はこの10年間、世界第1位の座をキープすることになったのです。

 ここでもう一つ注目しておきたいのは、「2001年宇宙の旅」も「市民ケーン」も、非常に大掛かりで凄まじい費用をかけた映画であることです。前者は宇宙船を舞台にしたスケールの大きな作品ですし、後者は実在した米国の新聞王をモデルに、その人生をずっとたどっていく壮大な物語です。

 それに比べると小津さんの映画は、本当にささやかで小規模な映画なのんですね。「東京物語」をご覧になった方ならよくご存知だと思いますが、等身大の小市民を淡々と描いた内容で、60年前の白黒映画で、画面も小さいスタンダードサイズです。それにモノラルの録音ですから音も決して良くありません。

 予算的な規模から言いましても、僕が思うにキューブリックの「2001年宇宙の旅」の予算であれば、小津さんの映画はおそらく100本近く作れるできるのではないかと、それぐらい規模が違うわけです。例えばメインタイトルやラストにも使われている“ツァラトゥストラかく語りき”という有名な曲は、カラヤンの指揮でウィーン・フィルの演奏ですが、それだけの音楽の費用があれば小津さんの映画は1本作れできてしまうと、そんな意見さえ聞かれます。

 「東京物語」は日本がまだ戦後の貧しい時代に、本当につつましくつくられた映画で、登場するのも、つつましい家庭でつつましく暮らす人々です。そんな世界を描いた物語が、今の時点で世界中の映画監督や批評家がトップに選んだことについて、僕はとても色々なことを考えさせられるのわけです。

 いずれにしても小津さんの時代とは、当然、世の中も変わりましたし、映画の世界もうんと変わっています。まず映画の表現手段からして大きく様変わりしていますが、今日ここでもう一つお話ししたかったのは、映画の世界の極端な変貌ぶりです。例えばフィルムなどんかはもうほとんどなくなってしまっているのですいます。

 家庭用のカメラからフィルムがなくなったのは、つまりデジタルに切り替わっていったのは、おそらく20年近く前であったと記憶しています。当時、ある大手フィルムメーカーの方から、こんなに急速にデジタル化されるとは予想外のことで大変あわてています、と聞かされたことがありました。ただその時点でも、そんな話は僕たちの世界とはあまり縁のないことだと思っていました。

 ところが家庭用カメラのフィルム需要がなくなったことで、同じフィルムを使う映画にも影響が及び、ついには数年前から映画の世界からフィルムがなくなり始めました。つまりデジタル機器が、映画業界にもどんどん導入されているのわけです。これで最初に話題になったのは、たしか「スター・ウォーズ」とか「ジュラシック・パーク」の時代であったと思います。これらはほとんどがCGでつくられた映画で、その頃はフィルム撮影をデータ化してCG作業をフィルム化して、上映というプロセスを踏んでいたはず筈です。

 それならだったらいっそのこと、最初からCGカメラで撮影すれば手っ取り早いということになり、さらにはフィルムを扱う手間も省けるということになるのですわけですね。それで先ほどの「2001年宇宙の旅」ですが、これはまだCGのない時代ですから、宇宙遊泳などすごいシーンもすべてフィルム合成でつくられました。この合成は非常に難しい技術ですが、当時の米国にはそれを巧みにやってのけるだけの映画技術があったのわけです。

 しかし今のCGであれば、そうした合成より余程巧妙に手間も掛けないでできてしまうんですね。そういうわけでCGの映画がどんどんつくられるようになり、あるいは普通の映画でも部分的にCGを有効に取り入れるようになったのですています。

 こうして現場も最初からデジタルカメラで撮り始めると、次に今度は上映もデジタルにすればいいということになっていきます。つまり映画館で上映する時もフィルムを使わず、デジタルで直接スクリーンに映し出すという手法です。近年、そうしたデジタル技術が色々な面で開発が進み、この数年で日本の映画産業が急激に、劇的にデジタル化していったのわけです。

 映画の長い歴史の中では、トーキーやカラーになった時代、あるいはワイドスクリーンやとかドルビーサウンドが始まった時代など、これまでに大きな転換期がいくつもありました。デジタル化もそうした一環と見ることもできますが、それにしてもこのところの変貌ぶりには目を見張るものがあります。例えば僕が「ジュラシック・パーク」を最初に見た時は大きな驚きでした。その映像の凄さに感心する面もありましたが、それよりも、これで映画も何か新しい時代に入って行くんだなと実感したことを覚えています。

 いずれにしてもデジタル技術の発達で映画づくりはかなり便利になりましたが、その一方で僕たちはデジタルによってどんな新しい表現を獲得できたかということになると、これはまだ疑問です。いわゆる撮影などの現場は間違いなく効率化されましたが、それが僕たちにとってどれだけプラスになるか、つまり、できあがった映画に関してデジタルの効果は、依然として曖昧であるということです。

 実のところ僕はフィルムの方が、画面のうえから言っても好きなんですね。人間の肌などんかの色調が、フィルムは何となくしっくりしていいのわけです。ただそれは、デジタルの技術がそこまで追いついていないのか、あるいはデジタルという機械をまだ使いこなしていないのか、そのどちらかだろうとも思っています。

 そんなわけで僕が最近つくった「小さいおうち」という映画ではフィルムを使いましたし、次の作品も今準備している次の作品もところですが、やはりフィルムで撮るつもりです。したがって、これから僕の作品を映画館でご覧になる場合は、フィルムで撮った映画をデジタルに変換して見ていただくということになるのですでしょう。

 映画の世界でもフィルムはいずれなくなるでしょうが、僕のような世代の映画人にとっては、爛侫ルムよ、本当にお世話になりました″と、感謝したい気持で一杯です。あとはまだわずかに残っているフィルムメーカーと現像所に、いつまでも長く頑張っていてほしいと、フィルム愛好家としては願わざるを得ないのわけです。

 最後に先ほど話しました「小さいおうち」という映画に関してですが、これは戦前の昭和の時代の人間模様を描いたもので、その時代を知らない人たちが映画を見て何かを発見してもらえたらいいなと思っています。

※本文は、山田洋次氏のお話しを東京RCのクラブ会報委員会がまとめ、編集しました。