卓話


私の教育体験と教訓

2007年7月11日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

ゴールドマン・サックス証券株式会社
マネージング・ディレクター 
チーフ日本株ストラテジスト キャシー 松井 氏

 私は日系二世としてアメリカで生まれました。両親はともに奈良県は五條という田舎の出身です。1986年に,ハーバード大学を卒業した私はそのまま大学院に進むつもりでした。その時友達から,ロータリー財団が奨学生を募集しているという話を聞きました。私は急いで願書を出したところ,運よく奨学生になることができました。私が日本に来ることができたのは,ロータリーの皆様のお陰です。

私は,21歳の時,初めて12人の奨学生と共に日本に参りました。日本語が全くできない私は1986〜87年の1年間,三鷹の国際基督教大学で日本語の集中講義を受けた後,神戸大学大学院法学部の学生となりました。

私の親戚たちは主に奈良・大阪におりましたので,学生のときは,よく会いにいきました。奨学金をいただいたお陰で,自分のルーツについて考えることができたと思います。その後,アメリカのジョンズ・ホプキンス大大学院での修士課程では,日本の歴史,日本の経済学を専攻しました。

1990年再び日本に戻って就職,結婚をして,いつの間にか17年が経ちました。私の仕事は外資系証券会社の調査部で投資戦略を担当しています。国内の様々な機関投資家,海外の投資家に対して,日本経済を分析してアドバイスを提供しております。

私の両親は高校しか出ておりません。父は1年間の農業実習生としてアメリカに渡りました。アメリカから帰ってきた父は,数年後,既に結婚しておりましたが,決意を秘めて再び単身でアメリカに渡りました。

 西海岸のカリフォルニアの農場で働いて,菊の花の栽培を始めました。アメリカでの菊の需要は大きなものではありません。そこで利益率のよいバラに切り替えました。当時の土地の広さは50エーカーだったといいます。

 バラの栽培はかなり成功したのですが,80年代の中頃から,南米のバラが大量に輸入され,利益率が急速に悪化しました。

最終的には約8年前から,ランの栽培に切り替え,現在ではアメリカでの生産者のトップにランクされております。

私たち,4人の姉弟は,小さい時から夏休みや栽培の繁忙期には,何があっても,畑のお手伝いをするのが習慣でした。

近所の白人の家では,子供たちは毎週お小遣いを貰っています。私は,友達に「お小遣いは何かをした報酬として貰うのか」と尋ねましたら,「何もしなくても毎週手に入るものだ」という答えでした。

私の父は,先ず働いてから…。働いたらお金が貰えるということを教えたかったようです。その金額も,働いた時間ではなく働いた仕事量に見合った金額でくれたようです。労働力に対する対価としてのお金の意味が,非常に密接に分かったと思っています。

日本で,自分の子供たちの周りの友達の生活をみると,みんな必死に受験勉強です。いい学校に入るための努力であることは分かりますが,教育は,必ずしも学校で習うことだけではなく,学校以外での事柄から,自分なりの価値観を身につけることを学ぶのだと思います。

私の両親は,子供たちを働かせることで,お金の価値を無意識に教えていたのですが,振り返って考えますと,それが最もよい教育であったと思います。

当然のことながら,両親は,よい成績をとれと言いますが,10歳から15歳の成長期には学校以外での教育メソッドも結構あると思っております。

両親の一つの弱点,自分の作った会社,ビジネスをだれが継ぐかということが残っています。私たち全員は,小さい時から,畑で働いた経験があります。高校生の時に,冗談で「貴方がいい大学に行かなければ,この畑を継ぐことになるよ」と言われました。

私たち姉妹と2人の兄弟は,必死に勉強して,全員,カリフォルアからいちばん遠い東海岸のハーバード大学に入学しました。今,後を継ぐ予定のものは1人もおりません。

私は,自分の子供の教育を見ていて,いい教育,いい学校というのは,何のためなのかということを,最近考え始めています。

いい学校に行くことが自分のためなのか。あるいは,親のためなのかということを考えます。実は,父は仕事しか知りません。朝4時半に起きて,夜8時まで,ずっと畑で働いています。何かで遊ぶことを知りません。

父はアメリカに行って,何もないところから成功しました。しかし,それは自分の力だけでは不可能でした。

アメリカに行った時に,周りの友達からたくさんの支援をいただきました。私の両親が通っていた教会では,姉と私を無料で保育所に預かってくれました。農場の土地を買うときには,銀行は無担保で融資をしてくれました。父を信頼してくれたのです。

父は考えました。振り返って考えてみると,自分がこの世の中から消えて何が残るのか…。“What is your legacy.” legacy(遺産)になるものに何があるのか。物をたくさん集めたりお金持ちになったりすることで満足なのか。もう少し社会に,支援していただいた社会に返すことがあるのではないか。

父は,むこうのロータリーのメンバーでもありますが,3年前に自分の財団を作りまして,その財団に,すべての会社の資産を委譲し,毎年,10人から13人の地元の高校生に1人4万ドルの奨学金を,個人で出すようにしました。父の方針では,私たち子供には1セントもくれません。君たちは独立しているからパパの仕事は親として終わっていますというわけです。

父の農場には150名の人が働いています。ほとんどメキシコからの移民の人たちです。かつての父とまったく同じような状態の人たちですが,一生懸命,父の会社を支援してくれています。父としては,自分の死後,すべての財産を奨学金という形で,資産がゼロになるまで出す方針を打ち出しました。

私も外資系証券会社で働いて,楽な生活をして,子供2人も無事に育っています。国が発展すると,だれもが,ともすると物量主義,拝金主義になってきます。私は,考え直して,何か人を助けたりとか,社会にお返ししたりすることをしようと思いました。それが,これからご紹介する,私が参加しているプロジェクトです。

私は,Asian University for Women(アジア女子大学)という,かなり大胆なプロジェクトの理事会の一員になっております。このAUWの目的は,東南アジア,南アジア中東にいる貧しいコミュニティに住んでいる女性たちに,高等教育の機会を与えることです。 この地域は,様々な宗教,文化,人種的な背景はありますが,差別がない教育環境を作ろうというプロジェクトです。

この大学は,入学してから3年間は普通の大学の課程で,その後も大学院の課程を用意します。専攻分野は,卒業してから使えるスキルを学びます。理系学とかエンジニアリングとか,経済学とかの教育を中心に提供する予定です。この大学の規模は,2,500人の学生を予定しており,その学生の半分が奨学金給付生にする方針です。

この構想は,5年前から立てられ,支援者は世界中から集まっています。アメリカ,イギリス,デンマーク,インドなどの国々の,財界,政治家の支援が集まっています。

この大学は来年3月からの入学が予定されています。場所は,バングラデシュのチッタゴン。この計画のために,50ヘクタールの土地を国が供与してくれました。バングラデシュ政府も100%の支援を保証し,議会も,この大学の独立性を守ることを承認しました。

なぜ日本が,この計画に関与すべきなのかというと,日本の深い歴史,文化についてのソフトパワーを提供できるのではないかと思うのです。

 世界がグローバル化するなかで,距離的に近い日本とアジアの関係が段々に強化されます。過去の歴史の問題などがあるにしても,このAUWは,日本とアジアのパイプになる学校になることは間違いないと思います。

既に,昭和女子大学,お茶の水女子大学は将来的に交換留学,教授のトレーニングのプログラムに協力を約束してくれています。

国の発展には教育の存在が重要です。アジア地域の平和を考える場合にも,将来的に貢献する大学になるとの希望をもっています。

昨年,ノーベル賞を受賞したムハマド・ユヌス先生も,この構想に強い賛意を表しておられます。日本での支援はこれからですが,どうか絶大なご支援をお願いいたします。

 AUW日本事務局 Tel:03−6437−9950
 Eメール kathy.matsui@gs.com