卓話


自由世界から権力競合へ-中東・ロシア・中国-

2014年11月12日(水)

東京大学法学政治学研修所
教授 藤原帰一 氏 


 今我々がどのような世界に生きているのか、考える手がかりをお話します。

 東西冷戦が終わった時、自由世界という言葉が語られ、資本主義と民主主義が世界に広がり、欧米を中心とした世界の安定が実現すると考えられました。随分そこから状況が変わりました。アフガニスタン、イラクの戦争から、リーマン・ブラザース破綻に起因する世界金融危機が大きな転換点で、大分違った世界に我々は今生きていると思います。

 一つは、中国とロシアの台頭です。東西冷戦が終わった頃は、中国もロシアも欧米の政策に従っていたため、不安定要因だとする考え方はありませんでした。それが変わり、ロシアはグルジアとウクライナの危機を巡って欧米との対立が明確になります。中国も、中国の力を認めろという方向に緩やかに転換し、2009年頃、現在の強気の路線に変わりました。

 また、発展途上国の政治的不安定は先進国の安定を揺るがすことにはならず、安定実現のために欧米諸国が様々な手助けや軍事介入をするという考え方でした。それは9.11の同時多発テロ事件によって変わります。しかも、アフガニスタンとイラクへの介入後には不安定しか残らなかった。ここに大きな穴が空いています。

 この中でアメリカの政策は大きく変わりました。ブッシュ政権はアフガニスタンとイラクに大規模な軍事介入を行いました。オバマ政権は正反対で、この2か国から兵隊を撤収することが重要でした。その結果、アメリカが軍事介入しない世界が生まれました。アフガニスタンとイラクで不安定が続くばかりか、イラクやシリアでこれまでにない権力崩壊が進みました。

 また、中国、ロシアは、アメリカは戦争をしないという見込みの上にいくつかの政策を取っています。その中で、オバマ政権は今、緩やかに介入政策に変りつつあります。やりたくないのにずるずると戦争に進んでいく仕掛けは大きな問題です。オバマ政権のアキレス腱は、中国、ロシアもですが、「イスラム国」への強気の軍事行動を宣言したものの成果がなかなか上がらないことで、大きな傷になっていくと思います。

 ベトナム戦争後のカーター政権も、軍隊を外に出さないことを第一にしました。その結果、ソ連がキューバ等を使ってアンゴラやモザンビークなどに軍事介入します。カーター政権はソ連のアフガニスタン侵攻を機に介入政策に転換しますが、状況を変えられず、ソ連に対し実効的な態度を示していないという不満が高まりました。イランの米大使館人質事件が政権失墜の引き金になり、レーガン大統領が歴史的勝利を収めました。今般の中間選挙では、民主党が大敗しました。議会と大統領の所属政党が違う分割政府が生まれ、政治がますます動かなくなり、内向きになることは確実です。カーター政権同様の状況にあるのは間違いないでしょう。

 中東、ロシア、中国について説明します。

 中東北アフリカでの最大の問題は、「破綻国家」と呼ばれる、政府が領土を統治する力を失った国の数が非常に増えていることです。イラク、シリア、イエメン、リビア、マリ、スーダン、南スーダン、コンゴです。元々政府が弱い地域ですが、拍車をかけたのが民主化です。民主化後に破綻国家が生まれたのは、世界の他地域にはない特徴です。

 欧米諸国のアフガニスタン、イラクへの軍事介入は、統治する力が弱く占領政策で失敗しました。その結果、国家が中東北アフリカに広がりながら、欧米諸国がそれを事実上放置する現象が生まれてしまいました。

 リビアでは、NATOの軍事介入後に破綻国家が生まれました。エジプトでムバラク政権が倒れた後に反政府運動が高まりましたが、カダフィ政権が武器を持たない民衆を空爆や船から艦砲射撃するといった極端な軍事的弾圧に踏み切ります。それに対し、国連安保理は決議を行い、NATOが空爆を始めました。実はNATOはあまり戦争をする気はなく、国民評議会のトリポリ制圧を機に、迅速に撤退しました。アフガニスタン、イラクでの失敗から占領統治しないことにしたのです。結果、武装勢力が割拠する状態が残りました。カダフィ派の傭兵が国境を越えてマリにも進み、内戦を展開しました。独裁政権下ながら政治的には安定していた状況から、内戦拡大とともに破綻国家になってしまったのです。

 シリアは、つい最近まで介入が行われませんでした。こちらもエジプトの政権崩壊後に反政府活動が広がり、軍事弾圧が大規模に行われましたが、国連安保理で武力行使決議は否決されました。オバマ大統領も軍事介入に消極的でした。その結果、シリアでは家を失った人は人口の3分の1を超え、トルコに流れた難民は50万から70万人に達していると見られます。さらに多くがヨルダン側に流れています。最終的にオバマ政権は軍事行動に踏み切り、イラクとシリアで空爆を展開しています。イラク北部とトルコ・シリアの国境地帯での空爆には成果を収めていますが、イラク中部からシリア中部にかけての地域では成果が全く上がっていません。理由は簡単で、統治がないためです。現在のイラク政府は、バグダッドに首都はありますが、基本的には南部のシーア派を中心とした政権で中部のスンニ派の地域に対する統治力は持っておらず、ここに「イスラム国」が伸びていきました。

 おそらく「イスラム国」は倒れるでしょう。ただ、問題の解決にはなりません。急進武装勢力が「イスラム国」から離れて活動するだけだからです。この時、シリアのアサド政権に代わる実効的な支配を国際的に作ることが教科書通りの解決ですが、どの国もそれをしたくないし、アサドの応援もしたくない。各国の思惑も違います。

 非武装の民主化運動に対して武力弾圧をすれば、内戦になり、武力闘争で経験のある組織が入り込んでくる。リビアでは新政権は生まれたものの、武装勢力が武器を放棄しないため、大規模な武力の拡散を招きました。このような状況に軍事介入した場合、問題となるのは占領統治です。アフガニスタンとイラクで多国籍軍が出会ったのは、占領する側の意思をくじく状況でした。街に出て活動しようとすれば車が爆破され、いつ自分が殺されるかわからない。こうした状態になると、軍の士気が下がってしまう。そのため、米国防総省は大統領以上に軍事介入に消極的な姿勢を示しています。

 紛争が終息に向かっているのか、拡大しているのかを見るための単純な見所があります。難民がどちらに動いているかです。今、イラクとシリアから難民が流出し、戻ってきません。状況は悪化していると言っていいでしょう。アフガニスタンも残念ながら同じです。

 ロシアについては、現代の世界で、短期的に見て中国以上に危険な存在です。根拠は、中国とロシアの置かれた位置の違いです。中国は尖閣諸島など新しい島への権力拡大を目指しているといわれますが、これは中国が力を今持っている以上に増やそうとする行動です。ロシアの立場は違います。ロシアは冷戦の負け組でした。そして、ソ連解体とともに多くの共和国は独立するばかりか、反対政策を取る国も出てきた。ロシアにすれば、権力喪失のフラストレーションが溜まっている。資源開発によって経済的には再生しましたが、欧州を揺さぶる程ではありません。確かに資源供給を絶てば打撃を受ける国はありますが、ロシアも資源輸出に頼る経済のため、それを抑えること自体が経済への打撃になる。とはいえ、資源を利用して対外的影響力を強める方向はプーチン政権後期から著しくなってきました。

 また、ナショナリズムを考える場合にも違いがあります。中国は、国民世論とナショナリズムを動員して政治的安定を図ってきました。それが共産党政権に向かうことを中国政府は恐れています。2004年の歴史問題をめぐる展開を見れば、中国政府の中に大衆を煽り立てようとするグループがあり、他方にはナショナリズムが党に向かうことを恐れる党中央があるという分裂を見ることができます。これは昨今の尖閣諸島国有化後の展開でも同様です。

 プーチン政権は全く違います。ナショナリズムへの依存が中国よりも強く、今年の世論調査にそれがはっきりと出ています。ウクライナ危機の前の支持率は低迷していましたが、クリミア併合で支持率は跳ね上がり70%台後半までいきます。その後、行動を手控えた時期は支持率が下がり、ウクライナ政府にロシアに有利な停戦合意を結ばせるとまた支持率が上がった。ロシアはこの状況に依存する政権という点で、中国に比べ危険な存在です。負け組から勝ち組に変ろうというインセンティブは高いものがあります。

 クリミア併合の段階で、欧米諸国はロシアとの戦争をどの場面でするか判断を下すことがなかなかできなかった。そこで引いた線は、ウクライナの東部地域へのロシア軍介入でした。介入しないことを期待していた訳です。5月から6月初め頃は、ウクライナ内のロシア系勢力だけでウクライナ政府を弱体化できると考え、ロシアは介入を手控えていました。ところが、ウクライナ政府が反攻作戦を展開し成果を上げたため、ロシアはSA11という地対空ミサイルを親ロシア派に提供します。このミサイルでマレーシア航空機が撃墜されてしまう。これではロシアに有利な状況を作ることができないため、最終的にロシア軍が侵略し、ウクライナ政府に妥協させた。ウクライナ政府は、アメリカ、NATOの支援を得て戦うことが期待できなければ、いかに屈辱的であっても要求を受入れるしかないという立場に置かれた訳です。

 ここで生まれたのは、アメリカと自由世界の後退という現象です。しかし、今のロシアの勝ち逃げ状態がこのまま続くとは私は思いません。ロシアは東ウクライナに優位な勢力を作ろうとして住民投票も行いましたが、このような動きが続くと東ウクライナの独立問題が浮上することになり、新たな紛争が起きる。これに対してロシア政府は妥協しないでしょう。そして、NATOは再び軍事介入をするのか試されることになる。派兵しないとなれば、ロシアがそこまで経済的・軍事的にも強くないのに、ロシア優位の状況が生まれることになってしまいます。このあたりはアメリカの政治とも関係します。今、オバマ政権の外交政策を最も強く非難しているのは、大統領候補にもなったマケインで、マケインはNATOの軍事介入を強く主張しています。

 中国は経済的にも軍事的にも大きな力を獲得しており、この変化は、ロシアとアメリカの関係よりもさらに大きくなっています。中国との関係で安全弁になっているのは、我々の行動ではなく、中国が共産党支配の継続と国内の治安維持に傾いた政策を取っていることです。冷戦直後の自由世界と語られた時代とははっきりと違う混乱が生まれています。

 現在の世界は、力の集中から力の分散に向かい、自由世界の優位から大国の軍事競合に向かっています。既に国際機構は失速しています。常任理事国が敵役に回るわけですから、大きな成果は期待できません。我々が一番憂慮すべきなのは、小規模な紛争がエスカレートする危険です。ウクライナをベースに戦争をしようと思っているのは、ロシアを含めて実はありません。しかし、小規模な戦争に関与しなければ、大国に望ましくない結果が生まれる可能性がある。その問題はウクライナで著しく、東アジアでもベトナムと中国の関係に見ることができます。小規模な紛争がエスカレートしたのが、第一次世界大戦でした。軍事的優位を持たないロシアや中国が結果的には優位を持ちかねず、それに対抗することが新たな戦乱となるような時代に我々は生きています。