卓話


ワーク・ライフ・バランスに取組む企業の潮流

2013年10月14日(水)

蠹譽豬弍銚Φ羹
ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部
研究部長兼主席コンサルタント
渥美由喜氏

 私が各企業の現場を回って調査・研究している「ワークライフバランス」は、一言で言うと「生活と仕事の質の相乗効果を図る」ための取り組みということになります。つまりワーク(仕事)の根本にライフ(生活)があり、ライフの質が上がればおのずとワークの質も上がるという考え方で、日本でもここ数年でワークライフバランスという言葉がよく使われるようになりました。

 それぞれのテーマは少子化、雇用と労働、社会保障、女性の社会進出など実に様々ですが、私はこれまでに国内外の先進企業約800社のヒアリングを実施し、およそ3,000社のデータを解析するなどして、ワークライフバランスの研究を重ねてきました。

 そうした中で例えば少子化問題ですが、実は私も7年前に子どもを授かって育児休業を取りました。その時に思いついて初めて使ったのが「イクメン」という言葉で、改めて言うまでもありませんが育児をする男性のことです。そもそも「イケメンにはなれないけれどイクメンにはなれる」といった言葉遊びの感覚でしたが、瞬く間に流行語のようになりまして、言い出した本人もびっくりしている次第です。

 それできょうは、そうした育児だけでなく介護の問題も取り上げたいのですが、現在の企業にとって介護と仕事の両立が、かなり大きな経営課題になっています。そこでまず言えるのは、余裕のある企業だけがワークライフバランスに取り組むという考えは間違いだということです。これからは、あらゆる職場で介護と仕事双方に取り組まざるを得ない人たちが、どんどん増えていくでしょう。そうした現実をどう乗り越えていくか、これはリスクマネジメントと考えるべきだと私は思っています。

 その点では、私自身も4年前から父親の介護を続けていまして、何とか仕事を定時に終えようと日々格闘してきました。でも決められた時間の中で働かざるを得ないということは、その分、生産性を高めざるを得ない、業務効率を高めざるを得ないということになり、逆に生産性向上につながると思っています。

 すでに皆様ご承知のところですが、そもそも日本の労働力人口は今後わずか50年で3分に2に減ってしまうという、著しい人口減少社会に突入しています。こんなことは世界でも初めてのケースです。それでこれからは、あらゆる会社で働き手に選ばれる職場になろう、働きがいのある職場をつくろうということが重要課題になっています。

 実は総人口に占める労働者の割合というのは、過去50年、今後50年ほとんど変わりありません。大まかに言えば総人口の半分が労働者という状況が続いていますが、ただしその中身は大きく変わっています。かつては主婦が非労働者の中でかなりの割合を占めていまして、その主婦の方々がお年寄りや子どもたちの面倒をみていました。

 しかし日本は20年前に、共働き世帯数が片働き世帯数をすでに上回っていました。ちなみに私たち夫婦も共働きで、妻は外資系IT企業の部長職に就いています。夫婦で働きながら介護をして子育てをしています。これからはそういう人たちが、ますます増えて主流派になっていくわけですが、そうした社会システムの展開にどう対応するかという問題があります。

 現在、日本には介護をしている人が約570万人いて、そのうち働きながら介護をしている人は約290万人ですでに過半数を超えています。そのうち40〜50代が170万人で約6割を占め、その4割は男性です。また管理職として働きながら介護している8万人に限ると、8割が男性という調査が出ています。

 介護というと専業主婦がやっているイメージがまだあるようですが、こうした数字データを見ると、現実は大きく変わっていることがよく分かります。働きながら介護をしている人が想像以上に多くて、しかも男性はこれから介護に直面する人が確実に増えていくでしょう。もう一つ数字を挙げてみますと、介護で離職せざるを得ない人が毎年10万人近く発生しています。しかもその増加率を見ると、男性は女性のほぼ倍の勢いで増えているのです。

 現時点で家族に要介護者がいる社員は、すでに1割前後います。これがあと10年15年たち、団塊の世代が後期高齢者に入ると要介護の高齢者が一気に増加します。ところが子ども世代は兄弟の数が少ないため、要介護者を抱える社員は今後10年ほどでほぼ倍増すると考えられています。職場でそうした社員が2割3割を占めるようになった時に、どうやってそれを乗り越えていくか、それが各社の経営課題になっているわけです。

 そうしたことから最近は、各企業の間で色々な動きが見られるようになりました。介護をしながら、あるいは子育てをしながら働くいわゆる制約社員は、三つのPが重要であると私は提唱しています。一つはプロセスイノベーションで、制約があるからこそ業務プロセスの効率化を工夫する。二つ目はプロダクトイノベーションで、消費者の視点で商品・サービスに付加価値をもたらす必要がある。そして三つ目がパラレル・キャリアで、これは単にワークだけでなくライフのキャリアの重要性と、介護や子育てと仕事の両立はいずれ部下マネジメントに大いに役立つだろうという考え方です。

 例えばプロセスイノベーションに関して言えば、子育てなど時間制約で「効率的な働き方ができるようになった」と7割の方が回答しているアンケート結果が出ています。またプロダクトイノベーションであれば、ローソンの切り身パックの魚、パナソニックの自動オンオフ照明といったヒット商品が実際に登場しており、この他にも女性社員が活躍した成果は沢山あります。

 さて、私自身がこれまでに経験してきた子育てや介護、それに仕事や家事などで新たに気付いたことがいくつかございますので、それを最後にちょっと取り上げてみたいと思います。一時期、私の父は認知症と統合失調症で本当に大変な時期があって、徘徊や暴力沙汰で警察からしばしば電話が入るという状況でした。

 当時は下の子どもが生まれたばかりの頃で、私は2回目の育児休業を取りましたが、周りからは「お前、介護と育児の両方で本当に大丈夫か?」などと心配してもらいました。でも親と子が人生の面倒を見るのはお互い様だし、私自身はそれほど大変だと思いませんでした。それよりショックだったのは、その後、下の子が重大な病を抱えていることが分かった時です。今は3歳になっていますが、左の脳に大きな腫瘍があると分かったのは1歳半の時でした。

 緊急入院して7時間に及ぶ大手術を受け、お陰様で手術は無事に成功しました。しかし息子の腫瘍は決して良性と言えるものではないと、ドクターから聞かされています。これまでに抗がん剤という劇薬を何度も投与され小さい体で必死に病と闘っていますが、ひょっとしたらこの子の人生は短いものになるかも知れないと、そんな覚悟が私たち夫婦にはあります。

 私は、ワークライフバランスはある意味で「良かった」づくりだと考えています。男性も女性も、子育てしていても介護をしていても、誰もがこの会社で働いていて良かったと思える、そうした職場づくりが重要だと思っています。

 またイクメンという言葉の一方で、これも造語のネーミングですが介護する男性のことを「介男子」と私は言っています。私自身は、それほどたいしたことをしているとは思いませんが、特に今は下の子が生まれてきて良かったと思えるように、また父が晩年に生きていて良かったと思ってくれるように、私が父親として息子として精一杯努力したいと思っています。

 少し以前のことですが、私の妻がこんなことを言い出しました。「私たちは、もしかするとこの子を看取ることになるかもしれない。それは自分の命を奪われるより、はるかに辛い経験になると思う。ただ私たちは、この子の最期の瞬間までずっと笑顔で見送るようにしたい」という趣旨でした。

 そこで私は「最期まで笑顔なんて絶対無理だ、どうしてそんなことを?」と、ちょっと噛みついてしまったら妻がこう言いました。「一番辛いのはこの子だから、この子が自分のことが原因で親が泣いているとしたら、もっと辛いと思う。だから私たちは、ずっと笑顔で穏やかに見続けていたい。それでもしこの子が万が一召されていったら、私たちはそのあと存分に泣けばいい」と妻は言ったのです。

 これを聞いて私は、本当に母親には適わない、女性には適わないと思うと同時に、一つ勘違いしていたことに気付きました。私はこれまで、ずっと不幸が起きないことが幸せだと思っていました。ただ人生では何でこんなことが、と思うような出来事に一度や二度は遭遇するものです。しかし仮にそうしたことが起きたとしても、そこから逃げるのではなく、またそれを誰かに押し付けるのではなく、自分で向き合うべきことにはきちんと向き合うことが大切だと気づきました。

 とはいえ一人ですべてを抱え込むのは大変ですから、近しい人と協力してそれを乗り越えていく、そのプロセスに本当の幸せがあると気付いたわけです。例えば子育てであれば妻と楽しいこと嬉しいことを分かち合って倍増し、辛いこと苦しいことは分かち合って半減するという考え方です。

 辛いという字は、一本横軸を通すと幸いに変わります。現在、何かの壁に突き当たって辛い思いをしている人も、夫婦や家族、あるいは職場の上司や同僚など誰かからちょっと背中を押されるだけで、その人の人生は大きな幸いに変わることもあるでしょう。私はワークライフバランスの頭文字ワ・ラ・バは、「分かち合い」「楽あり苦あり」「バトンリレー」の略語だと思っております。

 今この会場にお見えの皆様は、日本社会において本当に貢献度の高い選りすぐりの方々で私は心から敬意をおぼえておりますし、きょうお招きいただいたことに改めて感謝したいと思います。そうした皆様方が、職場や家庭でワークライフバランスへの取り組みをさらに強化していただき、それが日本経済のさらなる発展につながっていくことを心から願っている次第です。


         ※2013年10月14日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。