卓話


不都合な真実を超えて〜環境の世紀に生き残れる企業,生き残れない企業

2009年7月22日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

環境ジャーナリスト (有)イーズ 代表 枝廣淳子氏

 このまま私たちが何もしなかったら、地球の温度はこれからどう変わっていくのか。2100年までの温度変化を予測した地球シミュレータをみると、さまざまなリスクが近づきつつあることが分かります。

 温暖化が進むと,気温が上がるのは当然ですが,他にもさまざまな問題(リスク)が現れます。農作物の収穫が減って飢餓が起こります。暑い地方にしかなかったマラリアやデング熱といった伝染病が各地に広がると心配されています。

 温暖化のもうひとつの特徴は,雨の降り方が変わることです。温暖化が進むと集中豪雨と渇水の組み合わせが各地で見られるようになり、雨による自然災害や水不足が頻発することが予測されています。

このようなリスクが急速に高まる分岐点は,2℃といわれています。 何を基準に2℃以内に抑えるのかというと「19世紀初頭の産業革命が始まる前と比べて」です。産業革命が始まってから人間は石炭を掘り,石油を掘り,天然ガスを掘り,それらを燃やすことで大気中にCO2を出してきました。このような活動が始まる産業革命の前と比べて,2℃上がるとまずいということです。先般のサミットでも「温暖化を2℃以内に抑える」といわれたのは,このような科学者の知見からきていることです。

既に温暖化は始まっています。アル・ゴア氏と共にノーベル平和賞を受賞したIPCC(国連の温暖化研究者グループ)の最新報告によると,2007年2月の時点で「地球の温度は既に,0.74℃上がっている」と報告されています。また「今後,引き続き化石燃料に依存しつつ高い経済成長を目指す社会が続くなら,今世紀末には,平均気温の上昇は4℃(2.4~6.4℃)に達するといっています。加えて,IPCCは「経済と環境が両立するような世界が出来れば,今世紀末の平均気温の上昇は1.8℃(1.1〜2.9℃)ですむ」と報告しています。

 私たちが,できるだけCO2の排出量を減らす努力をすれば,さらに,1.5℃、1℃と下げていくことができます。百年後の人たちが、何度高い温度の世界に住むことになるのか。それが2℃なのか4℃なのか6℃なのか。それとも1℃ですむのか。それを決めるのは私たちの世代です。私たちは,非常に責任の重い世代として生きているのだと思います。

私たちはどうしたらよいか。やるべきことは二つあります。一つは,勿論,CO2の排出量を減らすことです。もう一つ大事なことは,どうしても進んでしまう温暖化に対して「備え」をする。適応策をたてることです。

今,仮にCO2の排出量をゼロにしても,これまでに出したCO2が大気中に残っている間は,温度が上がり続けます。私たちは,CO2の排出量を減らしつつ,上がっていく温度に対応する必要があります。

 例えば,家や工場を建てる場合には,温暖化のリスクを考えたうえでの場所選びをする必要があります。温暖化が進むと海面上昇が起こります。異常降雨が発生する地域が増えます。その結果地下水位が上がります。もし,そこに地震が起こると液状化を起こすリスクが非常に高くなります。そのようなことを考慮して建物を建てるのが適応策です。

熱中症も温暖化の大きな影響のひとつです。最近極めて増えています。温度が上がった時に,どういう注意をすればよいかを考えて対処することも適応策です。

今までのところ,最近のCO2の排出量は減るどころか,増えています。グラフにすると垂直に近い勢いで伸びています。これを早く減らしていく必要があります。

どうすれば温暖化が止まるかを考えてみましょう。地球には大気中のCO2を吸収する自然の力があります。森林と海がその力です。人間が化石燃料を燃やして排出するCO2の量が地球が吸収できる量以下ならば温暖化は起こりません。

大気中から森林が吸収するCO2は炭素に換算して年間9億トンです。海が22億トン。合わせて31億トンです。ところが排出している化石燃料のCO2排出量は72億トンです。半分以上が吸収できずに残ります。それが毎年,累積しています。

どうすれば温暖化が止まるかの答えは,72億トンの排出量を32億トン以下にすることです。日本を含め、世界ではようやく科学に基づいた目標がだされるようになりました。各国の2050年までの削減目標は,フランスは75%,英国は80%,米国も80%,日本は60〜80%という数値になりました。これらの数値は地球の吸収量を基に出されている数字だということをご理解ください。

政府だけではなく,企業にも同じ考えが必要です。それぞれの企業がCO2削減に対する数値目標を掲げる時代、どのような目標を定めるのかをしっかり考えて欲しいと思います。

このような動きと同時に,温暖化によって世界のルールが変わり始めています。これからは、温暖化に理解や関心がなくても,行動を変えてもらう必要があります。一番効果的なのは「CO2に値段をつける」という方法です。

「CO2は出してほしくないものだから,出す量に応じてお金を払いなさい。減らしたら得しますよ」というルールを作れば,環境に無関心な企業でもCO2排出量を減らそうとします。国や企業向けには排出量取引,国民向けには炭素税という形で導入されることになります。

もし日本が京都議定書の約束を守れなかったら,減らせなかった分の排出権を他の国から買ってくるということになります。つまり、CO2は第3の通貨の役割を果たす時代になったのです。

これまで、企業活動を測る指標として、ROEやROIが使われてきました。これからは、そこにROC(Return On Carbon:炭素利益率)という指標が加わってくることになります。
炭素利益率=営業利益/CO2排出量
同じ売上をあげる場合,CO2排出量の少ない企業の方が競争力があると見做されます。この指標は企業の格付けなどに使われ始めています。環境によいことでも経済的に見合わないことに企業は投資しません。しかし,このまま温暖化が進めば、これまでは見合わなかった省エネ機器や自然エネルギーが、経済的に見合うようになってきます。 企業は,やる場合のコストだけではなく、やらなかった場合のコストも比較して判断しないといけないという時代になりつつあります。

大事なことは「CO2は減らす必要があるが,幸せや満足は減らす必要はない」ということです。幸せや満足につながっているCO2は堂々と出せばいい。でも,そうでないCO2は減らす必要があります。幸せは最大化し,CO2は最小化する。これができる企業や商品が,これから生き残ることができる時代になると思います。

これまでは,大量生産,大量消費でした。それが今,技術の力で,生産量を変えずに,省エネ化,省CO2化を図っています。

これからは次の波がやってきます。それは,足るを知る生産・消費の経済,必要なだけ作る経済です。どんなに燃費をよくしても自動車の台数や走行距離が増えているかぎりCO2は増え続けます。

どうすればよいのか。一番お伝えしたいことは,温暖化自体が「問題」なのではなく、温暖化はより深い根本的な問題の「症状のひとつ」であるということです。

では、根源的な問題とは何か。それは「有限の地球のうえで無限の成長を続けようとした結果、地球の限界にぶつかっている」。これが根源的な問題です。これまでのように,なんでも増やせばいいというのではなく,「本当に増やしたいものは何か」を考えることが必要になります。 一人当たりのGDPは増えています。しかし,GDPはお金が動けば増えます。交通事故,傷害事件,環境破壊,これらはすべてGDPを押し上げます。私たちの幸せにつながっているかどうかは関係ありません。

 こうした背景から、GPI(Genuine Progress Indicator:真の進歩指標)という指標が考案されました。GDPから幸せにつながっていないものを引き、GDPには入っていないけれど幸せを生みだしているもの(家事やボランティアなど)を足して計算します。
 GPI=GDP−(犯罪,公害,家庭の崩壊などのマイナス要因)+(家事、育児、ボランティアなどの非経済活動)

一人当たりのGDPが増えても,幸せだと感じる人は,どんどん減ってきています。それでもGDPを増やすことが,本当に私たちの幸せにつながるのか。本当に増やすべきは何だろうか。このテーマに取り組んでいる国があります。ブータンです。この国はGDPではなくGNH(Gross National Happiness:国民総幸福)を目指すといっています。

 ブータンでは,人々の心がどれくらい満たされているか。人々がどのように時間を費やしているか。地域社会はどれくらい生き生きしているか。このような項目を調べて国民の幸せを増やすことを目的に政策を決定しています。

国だけではなく、企業にも同じことがあてはまると思います。企業は何のためにあるのか。私たちは何のために働いているのか。私たちは何のために生きているのか。それは,本当の幸せを創り出すためにではないのか。これからは,このようなパラダイム・シフトがとても大事になってくると思います。

持続可能な社会とは「地球の限界の範囲内」で「本当の幸せを創り出す」社会です。そのような方向に変わらざるを得ない状況を作り出している温暖化は,望ましい大きな変化を創り出せる史上最大のチャンスだと思います。