卓話


アンダーコロナ時代のウェルビーイング

2020年8月26日(水)

(医)惟心会
理事長 吉田健一君


 私は、同じく精神科医である妻と一緒に、中央区内で精神科クリニックを運営しつつ、精神科産業医としても参議院や国土交通省から上場・非上場企業まで様々な企業に勤務して参りました。仕事柄、心身の不調により社会生活や家庭生活に困難を来す方々を多く目にすることから、全ての人びとが健康かつ幸福に社会参加できる世の中づくりに貢献したい、という思いを自らの職業意識の基盤としております。

 本日は2019年に中国武漢で最初に報告され、その後世界中で猛威を振るい、今も私たちの生活に暗い影を落とす、新型コロナウイルスCOVID-19をめぐる時代状況と、これからの私たちの社会について、私見を交えてお伝えさせていただきます。

 2015年、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が「The next outbreak? We’re not ready(アウトブレイクは来るか?私たちはまだ準備できていない)」と題した講演を行いました。これがまさに現在のパンデミックを予言したような内容で、同氏はこう述べています。「もし次の数十年で1千万人以上の人々が亡くなるような災害があるとすれば、それは戦争ではなく、感染性の高いウイルスが原因の可能性があります。ミサイルではなく微生物なのです。その理由の一つは、これまで私たちは核戦争への備えに巨額の費用をつぎ込みましたが、疫病への備えは殆ど何もしていない事です。私たちは次の疫病の蔓延への準備ができていないのです」。

 実際に新型コロナウイルスが蔓延した2020年から振り返ってみると、まさに慧眼であります。彼は講演の最後を「今始めれば次の疫病への対策は間に合います」と締めくくりました。しかし残念ながらその懸念は現実のものとなってしまいました。

 さて、1947年に採択されたWHO憲章では、「健康」を次のように定義しています。「健康とは、病気でないとか弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」と。この「すべてが満たされた状態」と訳されているのがwell-beingであります。つまりWHOの定義する「健康」とは、「身も心も、かつ社会経済的にも満たされた状態」を指していることになります。

 アンダーコロナ、という言葉には、疫病によって、人びとの移動や経済活動の自由が制約され、本来はいち病原体に過ぎないウイルスが、あたかも目には見えない新しい抑圧者のごとく振る舞い、生命まで脅かされている、という現代に生きる人びとの不安感が込められています。

 アンダーコロナにおいては、感染の拡大を防ぎながら経済活動を維持することが、大きな課題です。COVID-19を数年以内に「根絶する」ことは難しいという事実は認識しつつ、しかし「パンデミックに強い社会を作っていかなくてはならない」という点については誰もが同意するところでしょう。これからの社会参加や経済活動の在り方、同僚や家族や友人との過ごし方について、新たなコンセンサスを築く必要があります。我々がこれから目にする、新しい日常:new-normalは、謂わば「全てが新しく満たされた状態:new-well-being」を目指すものでなくてはなりません。私はひとまずそれを、今回のパンデミックに対する勝利と呼んで良いように感じます。

 課題先進国と呼ばれて久しく、社会の様々な制度疲労が露呈する我が国こそが、アンダーコロナにおける新たなウェルビーイングをいち早く確立し、世界に範を示す必要があるのではないでしょうか。