卓話


意欲格差は未来の日本の経済格差。NPOカタリバの挑戦

2010年9月1日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

特定非営利活動法人 NPOカタリバ
代表理事 今村久美氏 

 まず皆様に三つの質問をいたします。
 質問1.私は人並みの能力があると思うか。
 質問2.自分はダメな人間だと思うか。
 質問3.私の参加により変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれないと思うか。

 この三つの質問について,皆様の回答は,それぞれ次のいずれでしょうか。
 A とてもそう思う。
 B まあそう思う。
 C あまりそう思わない。
 D 全くそう思わない。

 この質問は,昨年度,日本・中国・アメリカ・韓国の中学・高校の生徒に対して,日本青少年研究所が行った「中学生高校生の生活と意識の比較」での質問でした。

 この調査で,高校生の部分だけを抽出して考察すると,「質問1.私は人並みの能力があると思うか」について日本の高校生の46.7%(335万人中の156万人)が,思わない(C+D)と回答しています。

 「質問2.自分はダメな人間だと思うか」という質問に,65.8%(335万人中の220万人)の生徒が,そう思う(A+B)と答えています。

 そして,「質問3.私の参加により変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれないと思うか」では,68.3%(335万人中の230万人)が,思わない(C+D)と答えています。

 このことから,世界有数の豊かな国といわれている日本の高校生たちは「自己肯定感」が低い状態で,今の自分をとらえていることが分かります。
 
私は,10年前は大学生でした。岐阜県高山市が私の郷里で,実家は土産物屋を営んでいます。「サルボボ」という人形をご存じの方がいらっしゃれば嬉しいのですが,この人形は私の父が考案したもので,猿の赤ちゃんをイメージした素朴な人形です。

 私の親戚はいたって平凡な一族です。親戚中で大学に進む子弟は私が初めてでした。

 私も最初は大学に行くという選択肢をもっていませんでした。私自身も,10年前に冒頭の三つの質問をされたら,「社会現象を変えられる」などとは到底思いませんし,むしろ「自分は駄目な人間だ」と思っていました。

 当時は,勉強ができなかったから「自分は全く能力のない人間だ」と思っていました。大学に行く気もなく,家では,地元の信用金庫に行くか農協に行くかがエリートコースといわれて育ってきましたので,それが目標でした。学校の勉強に頑張るということもありませんでした。

 高校時代はちゃらちゃらと遊んでいましたが,ある時に,ちょっと親元を離れてみたいと思いました。そこで,「大学に行きたい」と言えば親も喜んで出してくれると思い,「東京へ行く」と突然に言い出して大学受験を志しました。

 当時,大学にはAO入試という手段がありました。とにかく学力試験なしで突破できる大学を併願で受けて,幸いにも慶応義塾大学に入学できました。

 この大学は,学力レベルでいうと,私の偏差値とは30くらい違う大学です。

大学に入って驚いたことが三つありました。

 一つは,お金持ちの子弟が大勢いました。ベンツで通学する学生が珍しくないのに,まず驚きました。

 二つめは,やはり,ちゃんと受験勉強してきた人たちは,ディスカッションはできるし,プレゼンテーションも上手でした。そういう人は,本当に自信に溢れていました。頭が切れるなあと思いました。

 三つめに,何よりも驚いたのは,とても意欲の高い人がたくさんいたことです。私のように,ただ親元を離れるために大学に入ったというような人はいませんでした。

 大学の友人たちの意欲の高さには,驚きを隠しきれませんでした。社会的なテーマを自分のミッションにしている人がたくさんいました。

 授業では,グループワークがしばしば行われました。私は人前でのプレゼンテーションをできるだけ避けて過ごしましたが,少しずつ,チャレンジすることが楽しいと思えるような大学生活が送れるようになりました。

 大学2年の成人式の時に,実家に帰りました。久しぶりに中学時代の友人たちに会った時に,驚くと同時にショックを受けました。

 高校時代に一緒に遊んで,先生や親を不満の対象にしていた友人たちは.そのまま大学生になっていました。その人たちに比べて,私のスタンスは,チャレンジを楽しむというふうに変わっていました。

 特に努力したわけでもない私と,高校生のときまで一緒に遊んでいた友人たちとが,社会に対しての希望や,自分の夢について,周りに対して働きかけるスタンスの違いに驚きました。

 たまたま出会った環境と,たまたま出会った人によって,立っているスタンスがこんなに変わってしまうのは不条理だと思いました。

 高校生のときまで先生への文句を言っていた人は,大学への文句を言う人になっていました。今では多分,会社に入って上司の文句を言っていると思います。結婚すると今度は,姑への文句に変わります。

 この人たちは,いつになったら環境への不満から抜け出せるのかと思いました。同時にさほど努力をしていない私が,どうして不満生活から抜け出せたのかと思いました。

 大学を卒業する時に,私がなすべき職業について真剣に考えたのですが,二つのコミュニティーと二つの環境を経験させていただいた責任として,「日本中の若者が,自分に対して高い意欲を持つ」という問題に取り組むことにしました。

 今の日本では,ご飯が食べられないということはありません。物も買おうと思えば大体手に入ります。では私たちの世代に足りないものは何なのだろう。それは,コミュニケーションだと,私は思いました。

 今の高校生たちは地域環境の人たちと触れ合っていません。離れているおじいちゃん,おばあちゃんに会ったことがない若者もいます。お正月になって家族で親戚に出掛けるという風習も少なくなりました。

 そんな状況のなかで,私たちができる仕事として「カタリバ」を立ち上げました。
(ここでカタリバのメンバーたちが都内の高校を訪問して実践している『高校生キャリア学習プログラム』が映像で紹介された。)

◎先輩大学生らと高校生が将来について語り合う。最初はとまどい気味の高校生も次第に熱中してくる。受験や進路に悩む生徒たちへアドバイスする大学生も真剣だ。

◎ミーティングの最後に,高校生たちに「自分の行動目標」を書いてもらっている。
 ・勉強して大学まで行く
 ・部活を続ける
 ・自転車で西日本まで行く,など。
 生徒たちは将来の目標と夢を見つけている。

◎会場校の先生方は「私たちは,教師としての利害関係があるが,先輩との会話は後々に何の懸念もない。生徒たちにはそれが嬉しかったと思う」との感想を述べていた。
(以上が映像の抄録)

 今の高校生には,情報がたくさん届いています。しかし,本当に足りないのは情報ではなく,心を動かしてくれる,感動させてくれる人の存在そのものなのです。

 「カタリバ」に参加してくれている仲間たちは,今では4,000人にもなっています。
 その人たちが,日々,高校を訪問して,自分が三年前に聞きたかったことを高校生に伝える。大学生たちも,高校生たちの気持ちを引き出し,認めてあげるコミュニケーションのトレーニングとプレゼンテーションのトレーニングをして,自分たちも学んでいます。

 高校生は,日常に出会う機会が少ない人や自分を理解してくれる人との出会いを望んでいます。たまには叱ってもくれる。それを素直に聞くことができる。「カタリバ」はそんな出会いを授業の中でしています。

 高校生に「あなたには目指している人や憧れている人がいますか」と聞きました。「いる」と答えた人は28%,「いない」と答えた人は70%でした。

 高校生たちと,家族や先生との関係は,縦の関係です。親友や友達との関係は,横の関係です。「カタリバ」が提供するのは「ナナメ」の関係です。年齢が近く先入観や利害関係のない先輩との斜めの関係が,高校生に自分自身と向き合う機会を提供します。

 「カタリバ」は,高校生の会社訪問やオトナ(会社側)の高校への出張授業をプロデュースして、高校生と企業活動をつなぐプログラムも進めています。どうかこの活動についてご理解とご支援をお願いします。